真夜中の工事現場は、不気味な静寂に包まれていた。重機の影が月明かりに照らされ、巨大な怪物のように見える。その中で、一台の機械が異彩を放っていた。

それは、パイルバンカーだった。

土木作業員の山田は、その機械を見つめながら、タバコに火をつけた。煙が立ち昇り、夜空に溶けていく。彼は深いため息をついた。

「こんな夜中に作業なんてな…」

しかし、彼には選択肢がなかった。この仕事を失えば、家族を養えなくなる。山田は、パイルバンカーに近づいた。

突然、奇妙な音が聞こえた。

カチッ、カチッ、カチッ。

まるで、機械が自分で動き出したかのような音だった。山田は、思わず後ずさりした。

「おい、誰かいるのか?」

返事はない。しかし、音は続いていた。

山田は、恐る恐るパイルバンカーに近づいた。そして、彼は目を疑った。

機械が、確かに動いていた。しかし、操縦している人間の姿はどこにもない。

「ば、馬鹿な…」

パイルバンカーのアームが、ゆっくりと山田の方向に向かって動き始めた。彼は、凍りついたように立ちすくんでいた。

突然、アームが猛スピードで彼に向かって突き出された。

山田は、咄嗟に身をかわした。アームは、彼の耳元をかすめて通過した。

「た、助けて!」

彼は叫んだが、誰も答えない。工事現場には、彼一人しかいなかったのだ。

パイルバンカーは、まるで意思を持っているかのように、山田を追いかけ始めた。彼は必死に逃げた。重機の間を縫うように走り回る。

しかし、パイルバンカーは執拗に彼を追いかけてきた。

パイルバンカーという名前は、「pile(杭)」と「bunker(打ち込む)」という言葉から来ている。通常、地面に杭を打ち込むための機械だが、この夜、それは人間を打ち込もうとしていた。

山田は、息を切らしながら走り続けた。しかし、彼の体力は限界に近づいていた。

そのとき、彼は工事現場の端にある小屋を見つけた。最後の希望を託して、そこに向かって走った。

小屋に飛び込んだ山田は、ドアを閉めて鍵をかけた。そして、床に崩れ落ちるように座り込んだ。

「はぁ…はぁ…なんてこった…」

彼は、まだ信じられない様子で、自分の体を触った。確かに、自分はまだ生きている。

しかし、安堵もつかの間だった。

ゴン!という大きな音とともに、小屋全体が揺れた。

パイルバンカーが、小屋を攻撃し始めたのだ。

山田は、恐怖で体が震えた。彼は、懐からお守りを取り出した。妻が作ってくれたものだ。

「神様…どうか…助けて…」

彼は、必死に祈った。しかし、小屋を襲う音は止まらない。

ゴン!ゴン!ゴン!

壁が、少しずつ壊れていく。外の月明かりが、亀裂から差し込んでくる。

山田は、絶望的な気持ちになった。

「やっぱり…神様なんていなかったんだ…」

彼は、お守りを握りしめたまま、目を閉じた。

そのとき、突然静寂が訪れた。

攻撃の音が止んだのだ。

山田は、恐る恐る目を開けた。そして、亀裂から外を覗いた。

パイルバンカーは、そこに立っていた。しかし、もう動いていない。

彼は、震える足で小屋を出た。そして、おそるおそるパイルバンカーに近づいた。

機械は、完全に止まっていた。まるで、最初から動いていなかったかのように。

山田は、混乱した様子で周りを見回した。そこには、誰もいない。何も起きていないかのような、静かな工事現場があるだけだった。

彼は、自分の体を確認した。傷一つない。

「夢…だったのか?」

しかし、小屋の壁には確かに亀裂が入っていた。そして、地面には、パイルバンカーが動いた痕跡がある。

山田は、再び空を見上げた。

月が、冷たく彼を見下ろしている。