佐藤竜也は、スマホを見つめながら溜め息をついた。マッチングアプリを始めて3ヶ月、未だにデートにこぎつけられない。そんな時、ネットで見つけた一冊の本が目に留まった。
『やっぱり神様なんていなかったね - マッチングアプリ必勝法』
著者不明。出版社も聞いたことがない。しかし、レビューは星5つばかり。「奇跡の一冊」「人生が変わった」という絶賛コメントが並ぶ。
半信半疑で注文した本が届いたのは、雨の降る日曜日だった。
表紙には不気味な笑顔の絵。目次もなく、ただページ一面に細かい文字が敷き詰められている。竜也は読み進めた。
「まず、プロフィール写真を変更せよ」
「次に、自己紹介文をこう書け」
「マッチした相手には、必ずこの言葉をかけよ」
具体的な指示が次々と書かれている。竜也は言われた通りにプロフィールを変更した。
すると、信じられないことが起きた。たちまち10人、20人とマッチが成立。メッセージのやり取りも、本に書かれた通りに進めると、みるみるうちに展開していく。
一週間後、竜也は初めてのデートにこぎつけた。相手の名は美咲。写真で見たよりも可愛い。
「竜也くんとお話しできて楽しいわ」
美咲の言葉に、竜也は本に書かれた返事をした。
「君と話していると、時が経つのを忘れてしまうよ」
デートは成功。次の約束まで取り付けた。
帰宅した竜也は、興奮冷めやらぬまま本を手に取った。そして、次の章を読み進めた。
「交際を始めたら、こう行動せよ」
「プロポーズはこのタイミングで」
「結婚式ではこう振る舞え」
竜也は驚いた。まだ一回のデートを終えたばかりなのに、もう結婚の話まで?しかし、ここまでうまくいっているのだから、きっとこの通りになるのだろう。
2019年の調査によると、アメリカでは実に3組に1組のカップルがオンラインデーティングで出会っているという。現代においては、デジタルの出会いが当たり前になりつつあるのだ。
竜也と美咲の関係は、本に書かれた通りに進展していった。2回目のデートで告白。1ヶ月後に交際開始。3ヶ月後にはプロポーズ。美咲は涙を流して喜んだ。
結婚式の準備も順調に進む。しかし、竜也の心には違和感が渦巻いていた。全てが本通りに進みすぎている。まるで、自分の人生を誰かに操られているような感覚。
結婚式前夜、竜也は勇気を出して美咲に問いかけた。
「君も、あの本を読んでいるんじゃないかな?」
美咲の表情が凍りついた。
「...どうして知ってるの?」
二人は本を見せ合った。同じ本だ。しかし、美咲の本には別の指示が書かれていた。
「彼がこう聞いてきたら、こう答えよ」
「結婚式では、必ずこの料理を出せ」
そして、最後のページには恐ろしい言葉が。
「式の夜、彼を殺せ」
竜也は震える手で自分の本の最後のページをめくった。そこには、
「式の夜、彼女を殺せ」
二人は顔を見合わせた。恐怖と混乱が入り交じる。
「どうして...?」
「誰が...?」
その時、二人のスマホに同時に通知が鳴った。マッチングアプリからのメッセージ。
「お楽しみいただけましたか? これが最後の指示です。どちらかが生き残らなければ、次のステージには進めません。さあ、選んでください。愛か、命か。」
送信者名には、あの本のタイトルがあった。
『やっぱり神様なんていなかったね』
竜也と美咲は、震える手でスマホを握りしめた。窓の外では、雷鳴が轟いている。明日の晴れ渡るはずの結婚式。そこに待っているのは、祝福か、それとも...。
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