夏の陽射しが畑に降り注ぐ。汗が額から滴り落ち、土を潤す。私は鍬を握り締め、黒々とした土を掘り返す。ナスの苗を植えるための準備だ。
私の名は山田太郎。32歳、独身。都会での営業職を捨て、この田舎町で農業を始めて3年が経つ。
「なぜナス栽培なのか」と人々は訊ねる。私は微笑むだけだ。彼らには分からない。ナス栽培が、私の人生を、そして体を変えたことを。
畑の隅に、一本の古びた鏡が立てかけてある。かつての私 —— 痩せこけ、蒼白い顔の都会人 —— の姿を映していた鏡だ。今では、日に焼けた逞しい農夫の姿を映している。
ナスの世話は骨の折れる仕事だ。早朝から日没まで、休む間もない。苗を植え、水をやり、雑草を抜き、虫を駆除する。その繰り返しが、私の筋肉を鍛え上げた。
畑仕事の合間に、私は町へ出かける。スーパーでの買い物や、郵便局での用事。そんな些細な外出の度に、町の女性たちの視線を感じる。
「あら、山田さん。今日も素敵ね」
「太郎くん、その腕、すごいわ」
かつての私には想像もできなかった言葉だ。
ナス栽培は、私の外見だけでなく、内面も変えた。辛抱強さ、几帳面さ、そして何より愛情深さ。植物を育てる作業は、人間性をも育てるのだ。
ここで、ちょっとした雑学を。ナスは原産地がインドとされ、日本には奈良時代に伝来したと言われている。その紫色の美しさから、平安時代には「賢木(かしこき)」と呼ばれ、高貴な野菜として扱われていたのだ。
私はナスに語りかける。「お前たちのおかげで、俺は変われたんだ」と。ナスは静かに揺れ、応えているようだ。
収穫の季節。艶やかな紫色のナスが、次々と姿を現す。その瞬間、私は感動で胸が一杯になる。生命の神秘、自然の恵み、そして自分の努力が実を結んだ瞬間だ。
町の朝市で、私のナスは人気商品となった。
「山田さんのナス、いつも甘くて美味しいわ」
「このナス、愛情たっぷりね」
褒め言葉と共に、女性たちの熱い視線が私に注がれる。かつての私なら、きっと戸惑い、逃げ出していただろう。しかし今の私は、自信を持って応対できる。
ナス栽培が教えてくれた大切なこと。それは「愛情を注ぐこと」の重要性だ。ナスに愛情を注ぐように、人にも愛情を注ぐ。その姿勢が、人を引き付けるのだ。
ある日、朝市で一人の女性と出会った。彼女の名は美咲。彼女もまた、都会から移住してきた新規就農者だった。
「山田さんのナス、本当に素晴らしいわ。私も、こんなナスを育ててみたいの」
私は彼女にナス栽培の秘訣を教えることにした。畑に立つ彼女の姿は、かつての私を思い出させた。
日々、美咲は私の畑を訪れるようになった。彼女の成長を見守りながら、私は気づいた。ナスを育てる喜びよりも大きな喜びが、心の中に芽生えていることに。
秋が深まり、ナスの収穫期が終わりに近づいた頃。私は美咲に告白した。
「美咲さん、一緒にナスを育ててみませんか?」
彼女は、艶やかに実ったナスのように、赤く頬を染めて頷いた。
今、私たちの畑には、新しいナスの苗が植えられている。それは、私たちの新しい人生の象徴だ。
モテる男の体は、確かにナス栽培で作られた。しかし、本当に大切なのは、ナス栽培が教えてくれた「愛情を注ぐこと」だったのだ。
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