私は今日も、キーボードに向かって宇宙を創造している。

画面の中で、無数の星が生まれては消え、銀河が渦を巻き、惑星が軌道を描く。そして、その片隅に、ある男がいる。彼の名前は...そうだな、仮に「私」としよう。

「私」は小説家志望だ。いや、正確に言えば、「私」を小説家志望に設定した。なぜなら、それが「小説家志望にありがちな宇宙」だからだ。

彼は毎日、カフェに通っては、ノートパソコンを開き、何かを書こうとする。が、一向に進まない。これもまた、小説家志望にありがちな宇宙の法則だ。

ある日、彼は隣に座った女性に話しかけられる。

「小説、書いてるんですか?」
「ええ、まあ...」
「素敵ですね。どんな話なんですか?」
「それが...まだ決まってなくて」

これは嘘だ。彼は知っている。この物語が「小説家志望にありがちな宇宙」であることを。しかし、それを口にすることはできない。なぜなら、それもまた、この宇宙の法則だからだ。

女性は微笑む。「きっと素敵な物語になると思います」

彼女の言葉に、「私」は少し勇気づけられる。そして、キーボードを叩き始める。

「小説家志望にありがちな宇宙」

画面に浮かび上がったその文字を見て、「私」は愕然とする。これは、私が今まさに書いている小説のタイトルではないか。

混乱する「私」。しかし、カフェの喧騒は変わらず続いている。隣の女性はもういない。いや、最初からいなかったのかもしれない。

「私」は急いでカフェを出る。街を歩きながら、「私」は考える。この世界は本当に実在するのか。それとも、誰かの書いた小説の中の出来事なのか。

そして「私」は気づく。自分が「私」という一人称で物語を進行させていることに。これは明らかに、小説家志望にありがちな手法だ。

「私」は笑い出す。この状況の滑稽さに。そして同時に、深い絶望を感じる。

帰宅した「私」は、再びパソコンに向かう。しかし今度は、小説を書くためではない。検索エンジンで「実在」「現実」「フィクション」といったキーワードを次々と打ち込んでいく。

そして、あるサイトにたどり着く。

「あなたは小説の中の登場人物かもしれません」

「私」は震える手で、チェックリストを埋めていく。

1. 自分の過去の記憶がおぼろげである
2. 周りの人々の反応が不自然に感じる
3. 時々、ナレーションのような声が聞こえる
4. 自分の人生が何かのテーマに沿っているように感じる

全ての項目にチェックが付く。

「私」は、深い霧の中にいるような感覚に襲われる。自分の存在が、どこか薄っぺらく感じられる。

そのとき、部屋の隅に、見覚えのないノートが置かれているのに気がつく。手に取ると、そこには見知らぬ筆跡で、こう書かれていた。

「小説家志望にありがちな宇宙、了」

「私」は、自分が誰かの書いた小説の登場人物であることを、ついに受け入れる。そして、その「誰か」に向かって問いかける。

「なぜ、私をこんな世界に置いたんだ?」

返事はない。あるのは、カーソルの点滅する音だけだ。

「私」は、自分の創造主である作者に向かって、こう告げる。

「なら、私が物語を作ろう」

そう言って、「私」はパソコンに向かい、タイプし始める。

「小説家志望にありがちな宇宙」

そう、これは永遠に続く入れ子構造の物語なのだ。「私」が書いた「私」が、また新たな「私」を生み出す。それぞれの「私」が、それぞれの宇宙で、小説家を志望する。

そして、その全ては、誰かの机の上のノートパソコンの中で起きている。

カーソルは今も点滅を続けている。「私」の物語は、まだ終わっていない。いや、永遠に終わることはないのかもしれない。

なぜなら、これが「小説家志望にありがちな宇宙」だからだ。