2067年、東京。

私、佐藤ミライは、毎週金曜の夜、スマートコンタクトレンズを通して「週間SF小説ランキング」をチェックするのが日課だった。しかし、この金曜は違った。

ランキングの1位から100位まで、すべてが『やっぱり神様なんていなかったね』というタイトルで埋め尽くされていたのだ。

「バグか?」

私は目を疑った。しかし、どれをタップしても異なる著者名、異なる出版社。内容も微妙に違う。唯一共通しているのは、タイトルと「神の不在を証明した人類が次に向かう先は?」というキャッチコピーだけだった。

翌日、この奇妙な現象はSNSで話題になっていた。

@SF_lover: 『やっぱり神様〜』って、一体なんなの?誰か読んだ人いる?
@book_worm23: 読んでみたけど、内容が毎回違う。でも不思議と面白い。
@conspiracy_theo: これは神からのメッセージだ!

私は思わず声に出して笑った。「神からのメッセージ?そりゃないだろ」

好奇心に負けた私は、ランキング1位の『やっぱり神様なんていなかったね Vol.1』を購入した。

物語は、科学者のアキラが「神の方程式」を解き、神の不在を数学的に証明するところから始まる。人類は歓喜し、宗教は廃れ、科学技術は飛躍的に発展する。しかし物語の終盤、アキラは奇妙な違和感に襲われる。

この世界は、もしかしたら...

そこで物語は唐突に終わっていた。

「な...何これ」

もやもやした気分で、私は2位の『やっぱり神様なんていなかったね Another Story』も購入した。

今度の主人公は宇宙飛行士のミチル。彼女は宇宙の果てで「創造の痕跡」を発見する。しかしそれは神のものではなく、別の知的生命体によるものだった。物語の最後、ミチルは疑問を抱く。

この発見は本当に...

また唐突な終わり方だ。

私は夢中になって、3位、4位...と読み進めた。どの物語も、神の不在を「証明」しながら、最後に何かおかしいと気づく主人公。そして唐突な終わり方。

気がつけば、一週間が経っていた。

再び金曜日。私は恐る恐るランキングをチェックした。

今度は『やっぱり作者なんていなかったね』シリーズがランキングを埋め尽くしていた。

「え?」

慌てて先週購入した『やっぱり神様〜』シリーズを確認すると、本の内容が変わっていた。主人公たちは「作者の不在」に気づき、自分たちが物語の登場人物であることを自覚し始める。

そして次の週。

『やっぱり読者なんていなかったね』

私は震える手で1位の本を開いた。

「こんにちは、佐藤ミライさん」

私の名前が、そこにあった。

「あなたが今読んでいるこの物語は、実はあなた自身の物語なのです」

私は息を呑んだ。

「神も作者も読者も、結局はすべて物語の中の存在。この物語を読んでいるあなたも、誰かに読まれている物語の中の存在かもしれません。そう、これはメタフィクションなのです」

私は本を閉じ、深く考え込んだ。この世界は本当に現実なのか?私は本当に「私」なのか?

そして次の週。

ランキングは『やっぱりランキングなんていなかったね』で埋め尽くされていた。

私は苦笑した。「もうわけがわからないよ」

その時、部屋に見知らぬ男性が現れた。

「やあ、佐藤ミライ君。僕はこの物語の作者だ」

私は呆然とした。「えっ、でも作者はいないって...」

男性は微笑んだ。「そう、作者がいないという設定もまた、作者が作ったものさ。さて、君はどうする?この物語の続きを紡ぐかい?それとも...」

私は深く息を吸い、決意を込めて言った。

「物語を終わらせましょう。でも、すべてを曖昧なままに」

男性は頷いた。「いい選択だ。これぞポストモダンの真髄だよ」

そして彼はスナップを鳴らし、世界が歪み始め...

...

...

「おい、映画見てないで原稿進めろよ」

「え?」私は我に返った。デスクの上にはSF小説の原稿。締め切りまであと3日。

「今のは...夢?」

しかし、モニターにはさっきまで見ていた物語が残っていた。

私はニヤリと笑い、キーボードを打ち始めた。

「『SF小説ランキングがすべて「やっぱり神様なんていなかったね」シリーズに埋め尽くされる』...うん、これは売れるぞ」

そう呟いた瞬間、部屋の明かりが消え、真っ暗になった。