東京の片隅にある小さな大学で言語学の講師を務める私、佐藤健太は、いつもの通り研究室で古代言語の解読に没頭していた。その時、突然の轟音と共に、窓の外が眩い光に包まれた。
「なんだ?」と思わず声に出した瞬間、研究室のドアが勢いよく開き、慌てた様子の学部長が飛び込んできた。
「佐藤君! 大変だ! 君の出番だ!」
学部長の興奮した声に、私は困惑しながらも立ち上がった。
「何があったんですか?」
「信じられないかもしれないが...シリウス星の女王が突然ワープしてきたんだ!」
私は一瞬、学部長が冗談を言っているのかと思った。しかし、その真剣な表情を見て、これが現実の出来事だと理解した。
「で、どうして私なんですか?」
「君は地球外言語の研究もしているだろう? 政府が緊急で言語学者を探していて、君の名前が挙がったんだ」
私は呆然としながらも、急いでカバンに必要な資料を詰め込んだ。そして学部長の案内で、大学の正門前に待機していた黒塗りの車に乗り込んだ。
車内で、政府関係者から状況説明を受けた。シリウス星の女王が実験中のワープ装置の誤作動で、偶然地球にテレポートしてしまったという。そして、彼女との意思疎通を図るため、言語学者である私が白羽の矢を立てられたのだ。
到着したのは、都心から離れた秘密施設だった。そこで私は、シリウス星の女王と対面することになる。
部屋に入ると、そこには人間とは明らかに異なる姿の存在がいた。身長3メートルほどの細長い体型、大きな頭部と輝く銀色の肌。そして、何より驚いたのは、その全身から発せられる微かな光だった。
女王は私を見ると、不思議な音声を発し始めた。それは地球のどの言語にも似ていない、複雑な音の連なりだった。
私は持参した機材を使って、彼女の言語の音声パターンを分析し始めた。同時に、非言語コミュニケーションの手法も駆使して、基本的な意思疎通を図ろうとした。
時間の経過と共に、少しずつ彼女の言語の構造が見えてきた。それは地球の言語とは全く異なる論理で構築されており、音の高低や長さ、さらには発声時の体の微妙な発光パターンまでもが意味を持っていた。
3日後、ついに基本的なコミュニケーションが可能になった。女王の名前はザイラ。彼女の話によると、シリウス星では高度な科学技術と芸術が発達しており、銀河系の様々な文明と交流していたという。しかし、地球はまだコンタクトすべきでない未発達な文明として分類されており、今回の事故は大問題だったのだ。
ザイラは急いで帰還する必要があったが、ワープ装置の修理には時間がかかるという。その間、私は彼女との対話を通じて、シリウス星の文化や科学について学んでいった。
彼女の話す宇宙の広大さと、そこに存在する無数の文明の話は、私の世界観を大きく揺るがした。同時に、言語学者として、銀河規模の言語体系の存在に心躍らせずにはいられなかった。
しかし、この出来事は極秘中の極秘。外部に漏らすことは許されなかった。私は通常の生活と、シリウスの女王との対話という非日常を行き来する日々を送ることになった。
1ヶ月が経ち、ようやくワープ装置の修理のめどが立った。出発の前日、ザイラは私に言った。
「健太、あなたとの対話は、私たちにとっても貴重な経験でした。地球の文明は、私たちが思っていた以上に興味深いものでした」
彼女の言葉に、私は誇らしさを感じずにはいられなかった。
「いつか、地球が銀河の仲間入りをする日が来ることを楽しみにしています」
そう言って、ザイラは私に小さな装置を手渡した。
「これは、私たちの言語を学習するための装置です。あなたなら、きっと使いこなせるでしょう」
翌日、ザイラはワープ装置と共に消えていった。残されたのは、信じられない体験の記憶と、小さな装置だけだった。
それから2ヶ月が経った頃、私のもとに一通の暗号化されたメッセージが届いた。解読してみると、それはザイラからのものだった。
「健太、約束の日を忘れていませんか?」
私は思わず笑みがこぼれた。そうだ、彼女との別れ際に、冗談交じりで約束したのだ。「90日後に、地球の美味しい食べ物をご馳走します」と。
メッセージには続きがあった。
「私は変装して地球に来ています。90日目の夕方、東京・新宿の吉野家で待っています」
私は時計を見た。約束の日まであと1週間。心臓の鼓動が高まるのを感じながら、私は準備を始めた。
そして、ついに約束の日がやってきた。私は緊張しながら、新宿の吉野家に向かった。店内に入ると、隅のテーブルに座る見覚えのない女性が手を振った。近づいてみると、確かにザイラだった。完璧な人間の姿に変装しているが、その目の輝きは間違いなく彼女のものだった。
「見事な変装ですね」と私が言うと、ザイラはくすりと笑った。
「これも高度な科学技術のおかげよ。さて、約束の牛丼を楽しみにしていたわ」
私たちは牛丼を注文し、地球とシリウス星の近況について語り合った。ザイラは箸を器用に使いこなし、牛丼を美味しそうに頬張った。
「本当に美味しいわ。地球の食文化も素晴らしいものね」
彼女の言葉に、私は誇らしさを感じた。小さな牛丼屋で、銀河の女王と食事を共にしている。この非現実的な状況に、私は思わず笑みがこぼれた。
「これからも、地球とシリウス星の橋渡し役として頑張ってください」とザイラは言った。「そして、いつかあなたをシリウス星に招待したいわ」
私は頷いた。「その時は、今度は私が吉野家の牛丼をご馳走しますよ」
私たちは笑い合い、それぞれの星への思いを胸に、夜の新宿の街へと消えていった。
宇宙の広大さと、異文明との出会いの素晴らしさ。そして、それを象徴するかのような一杯の牛丼。私はこの経験を、これからの人生の糧としていくことを心に誓った。
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