真夏の午後、田中誠は自家菜園でにんじんの収穫に励んでいた。汗だくになりながら、次々とにんじんを引き抜いていく。その時、突然、空が異様な輝きを放った。
誠が空を見上げると、巨大な円盤型の物体が静かに降下してきた。驚きのあまり、手に持っていたにんじんを落としてしまう。円盤は庭の上空でゆっくりと停止し、下部から青白い光線が放たれた。
光の中から、人型の生命体が現れた。身長2メートルほどの細長い体型、大きな頭部と黒い瞳。誠は息を呑んだ。
「地球人よ、恐れることはない」と、シリウス星人はテレパシーで語りかけた。「我々はシリウス星からやってきた。君たちの...にんじんが必要なのだ」
誠は困惑しながらも、冷静さを保とうと努めた。「に、にんじんですか?はるか彼方からわざわざ...なぜですか?」
シリウス星人は首を傾げた。「我々の星では、にんじんに似た野菜が絶滅の危機に瀕している。その代替品を探しているのだ」
誠は思わず笑いそうになったが、相手の真剣な表情を見て踏みとどまった。「でも、なぜ地球のにんじんなんですか?」
「我々の観測によると、地球のにんじんは驚くべき特性を持っている。βカロテンの含有量が極めて高く、我々の種族にとって貴重な栄養源となる可能性がある」
誠は頭をかきながら考えた。「確かににんじんは栄養価が高いですが...それだけのために星間旅行をされたんですか?」
シリウス星人は静かにうなずいた。「我々にとって、種の存続は何よりも重要だ。にんじんは我々の未来を救う鍵かもしれない」
誠は急に使命感を感じ始めた。「わかりました。私のにんじんを持っていってください。ただ、これだけじゃ足りないでしょう」
「その通りだ」とシリウス星人。「我々は地球の各地でにんじんを収集している。だが、君のにんじんは特に優れた品質だ。栽培方法を教えてもらえないだろうか」
誠は喜んで同意した。「もちろんです!有機栽培の秘訣をお教えしましょう」
それから数時間、誠はシリウス星人に自然農法の技術を詳しく説明した。土壌の管理、水やり、害虫対策など、あらゆる面でアドバイスを与えた。
シリウス星人は熱心に聞き入り、時折質問を投げかけた。「君たちの農業技術は素晴らしい。我々の星でも応用できそうだ」
説明が終わると、シリウス星人は深々と頭を下げた。「君の知識と寛大さに感謝する。これで我々の種族に希望が生まれた」
誠は照れくさそうに笑った。「いえいえ、お役に立てて光栄です。にんじんが皆さんの役に立つなら、それ以上の喜びはありません」
シリウス星人は光の中に戻りながら言った。「我々は定期的に地球を訪れ、にんじんの収穫と栽培技術の学習を続けたい。君は我々と地球を結ぶ架け橋となってくれるだろうか」
誠は躊躇なく答えた。「はい、喜んで!これからは、シリウス星のためにも、もっと良いにんじんを育てる努力をします」
光が消え、円盤が静かに上昇を始めた。誠は hand を振りながら見送った。円盤が視界から消えると、庭には信じられない出来事の痕跡だけが残された。
その日から、誠の生活は大きく変わった。にんじん栽培により一層力を入れ、新しい品種の開発にも取り組んだ。時折、夜空を見上げては、シリウス星の人々のことを考えた。
数か月後、再びシリウス星人が訪れた。彼らは、誠のにんじんを元に開発された新種の作物の種子を持ってきた。「これは君のにんじんとシリウスの絶滅危惧種を掛け合わせて作られた新種だ。我々はこれを"希望の根"と呼んでいる」
誠は感動して種子を受け取った。「この種子を大切に育てます。地球とシリウス星の友好の象徴として」
それ以来、誠の庭には、地球のにんじんとシリウスの "希望の根" が共に育つようになった。彼の菜園は、星々を結ぶ小さな大使館となり、やがて地域の名所として人々の注目を集めるようになった。
誠は時々考える。一本のにんじんから始まった出来事が、どれほど大きな影響を与えたのかと。宇宙規模の交流、新しい作物の誕生、そして何より、遠く離れた二つの世界の絆。
にんじん畑を見渡しながら、誠は微笑んだ。明日もまた、希望の種を育てる一日が始まる。シリウス星の空の下で、彼のにんじんの子孫が育っていることを想像しながら。
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