夏の陽射しが庭先を照らす頃、祖母の家の裏庭にあるトマトの茎が重みに耐えかねて、支柱に寄りかかるように傾いていた。緑色だった実が、日に日に赤みを帯びていく様子を、私は毎朝窓越しに眺めていた。

祖母は毎日、日の出とともに起き出し、トマトの世話をしていた。水やりの音で目を覚ますのが、この家に来てからの日課となっていた。私は両親の離婚をきっかけに、この夏休みを祖母の家で過ごすことになったのだ。

「おはよう、陽太。今日もいい天気だねぇ」

祖母の声に促されるように、私はベッドから這い出す。朝食の支度をする祖母の背中を見ながら、私は庭に出た。朝露に濡れた草の感触が、裸足の足裏にくすぐったい。

トマトの葉に鼻を近づけると、青々しい香りが立ち込める。その香りは、まるで植物の生命力そのものを表しているかのようだった。緑色から赤色へと変化していく過程には、何か神秘的なものを感じずにはいられなかった。

「陽太、トマトの色が変わるのは不思議だと思わないかい?」

祖母が後ろから声をかけてきた。私は黙ってうなずいた。

「実はね、トマトが赤くなるのは、中に含まれるリコピンという色素が増えるからなんだよ。でもね、面白いことに、完全に熟す前のトマトを収穫しても、エチレンガスの影響で赤くなることがあるんだ。これを追熟というんだけど、でもね、木で完熟したトマトの方が断然美味しいんだよ」

祖母は嬉しそうに話し続けた。私は初めて聞く知識に、少し驚いた表情を浮かべた。

日々の観察を続けるうちに、トマトの成長と共に、私の心にも変化が訪れていることに気づいた。両親の離婚で傷ついていた心が、少しずつ癒されていくのを感じた。それは、トマトが赤く熟していく過程と、どこか似ているような気がした。

ある日、祖母が「今日こそ収穫だね」と言った。私たちは一緒に庭に出て、真っ赤に熟したトマトを摘み取った。その瞬間、トマトの茎から立ち上る香りが、私の鼻腔をくすぐった。

「さあ、味わってごらん」

祖母に促され、私はその場でかぶりついた。甘みと酸味のバランスが絶妙で、まるで太陽の恵みを直接口にしているかのような感覚だった。

「美味しい」

思わず漏れた一言に、祖母は満足そうに微笑んだ。

「そうだろう? これが本当のトマトの味なんだよ」

その日から、私たちの食卓には毎日トマトが並んだ。サラダに、パスタに、時にはそのままかじって。そして気がつけば、私の頬も、熟したトマトのように赤みを帯びるようになっていた。

夏休みの終わりが近づいてきた頃、母が私を迎えに来た。荷物をまとめながら、窓越しに庭を見ると、新しい緑のトマトがいくつも実っていた。

「また来年の夏も来るからね」

祖母は寂しそうな表情を隠しながら、そう言った。

「うん、約束する」

私は力強くうなずいた。そして、最後にもう一度庭に出て、トマトの葉に触れた。

母の車に乗り込む直前、祖母が紙袋を差し出してきた。開けてみると、中には真っ赤なトマトがいくつも入っていた。

「お土産よ。お母さんと一緒に食べてね」

その言葉に、私の目に涙が浮かんだ。

車が動き出し、祖母の家が小さくなっていく。窓越しに見える景色が変わっていく中で、私は紙袋を抱きしめていた。その中のトマトから、かすかに甘い香りが漂ってきた。

トマトが赤くなるように、人の心も時間をかけてゆっくりと熟していく。それは、傷ついた心が癒されていく過程でもあるのだと、この夏、私は学んだ。

母との新しい生活が始まろうとしている。それは、まだ緑色のトマトのように、これから熟していく希望に満ちた未来なのかもしれない。車窓に映る私の頬は、熟したトマトのように赤く、そして健康的に輝いていた。


303山桜
20240718 -3