まず、恋愛共産主義っちゅーのは何やねんって話やけど、簡単に言うと、恋愛や性的関係を国家が管理して、平等に分配しようっちゅー考え方や。要するに、モテる奴もモテない奴も、みんな平等にパートナーがもらえるっちゅーシステムや。
一見、これで弱者男性の問題解決できそうに思えるかもしれんな。でもな、ワイはそうは思わんのや。なんでやって?
まず、恋愛っちゅーのは感情の問題やろ?国や社会が強制的に相手を割り当てても、本当の愛情は生まれへんのや。形だけのカップリングじゃ、結局みんな不幸になるだけちゃうか?
それに、弱者男性の定義って何やねん?ただモテへんだけの奴もおれば、コミュ障の奴も、容姿に自信ない奴もおる。こんな多様な問題を一つのシステムで解決できるわけないやろ。
さらに言うと、恋愛共産主義が実現したとしても、結局のところ「格差」は生まれるんや。例えば、割り当てられたパートナーとの相性が良い奴と悪い奴の差はどないすんねん?これもまた新たな「弱者」を生み出すだけちゃうか?
そもそも、恋愛を国家が管理するっちゅーのがヤバすぎるやろ。プライバシーの侵害も甚だしいし、そんなん絶対に悪用されるに決まっとるわ。
知っとったか?古代ギリシャの哲学者プラトンも、似たような考えを持っとったんや。彼の理想国家論では、支配者階級の男女は国家によって組み合わされ、子どもも共同で育てるっちゅー案を出しとったんや。まぁ、これも現実的やないって批判されとったけどな。
ワイが言いたいのは、弱者男性の問題は恋愛だけの問題やないっちゅーことや。むしろ、社会全体の問題なんや。
例えば、経済的な格差の問題。フリーターやニートが増えとる現状で、安定した職につけへん男性が増えとる。これが恋愛市場での価値にも影響しとるんやろ。
それに、コミュニケーション能力の問題もあるな。SNSの普及で、リアルでのコミュニケーションが苦手な奴が増えとる。これも恋愛に影響しとるんちゃうか?
さらに、メディアやSNSの影響で、理想の恋愛像が高すぎるんやないか?現実とのギャップに苦しんどる奴も多いんちゃうか?
つまり、弱者男性の問題を解決するには、社会全体の問題に取り組まなアカンのや。教育、雇用、メンタルヘルスケアなど、様々な面からアプローチせなアカン。
恋愛共産主義みたいな極端な案やなく、もっと現実的な解決策を考えるべきやと思うんや。例えば、コミュニケーション教育の充実とか、多様な生き方を認める社会づくりとか、そういうとこから始めるべきちゃうか?
恋愛に100%の平等なんてありえへんのや。でも、みんながそれぞれの幸せを見つけられる社会を目指すことはできるんちゃうか?
そういう意味で、恋愛共産主義は解決策にはならへんのや。むしろ、多様性を認め合い、互いに尊重し合える社会づくりこそが大切なんやないかな。
最後にジョークで締めくくるで。
「恋愛共産主義国家では、みんな平等に恋人がもらえるらしいで」
「ほんま?それはええな」
「でもな、その恋人を選ぶのは お前の お母さん なんやで!」
...あかんな、このジョーク。でもまぁ、恋愛共産主義の問題点を皮肉ってるつもりや。結局、誰かが決めた相手じゃなくて、自分で見つけた相手と付き合うのが一番ええんやろうな。
というわけで、恋愛共産主義に頼るんやなくて、もっと根本的な社会の問題に目を向けよう。そして、弱者男性も含めて、みんなが幸せになれる社会を作っていこうや。それがワイらにできる一番ええことやと思うんや。
コメント