西暦2157年、東京。
雨宮明は、窓の外を見つめながら深いため息をついた。灰色の空から絶え間なく降り注ぐ雨滴が、窓ガラスを伝って流れ落ちていく。彼の記憶の中で、晴れた日の光景はすでに遠い過去のものとなっていた。
「降水確率100%」
気象庁の発表する予報は、もはや形骸化したものでしかなかった。地球温暖化による気候変動が加速し、日本列島は永遠の雨季に突入してから既に10年が経っていた。
明は気象制御局のエンジニアとして、この状況を打開するためのプロジェクトに携わっていた。プロジェクト・サンシャイン。それは、巨大な人工太陽を打ち上げ、雲を強制的に蒸発させることで晴れ間を作り出すという、人類の歴史上最大の気象操作計画だった。
「明、準備はいいか?」
プロジェクトリーダーの声が、通信機を通じて響いた。
「はい、問題ありません」
明は答えながら、操作パネルの最終チェックを行った。
カウントダウンが始まる。60秒前。明の心臓が高鳴る。この瞬間のために、彼らは何年もの歳月を費やしてきたのだ。
30秒前。
明は、幼い頃に父親と見た虹のことを思い出していた。あの色鮮やかな光の帯を、もう一度この目で見ることができるだろうか。
10秒前。
発射台に据え付けられた巨大なロケットが、轟音とともに点火した。振動が制御室全体を揺るがす。
5、4、3、2、1...
ロケットは、永遠の雨雲を突き抜けて宇宙へと飛び立った。明たちは、息を呑んで見守った。
打ち上げから1時間後、人工太陽は予定された軌道に到達。強力な光線を地球に向けて放射し始めた。
最初の変化は、わずかなものだった。雨の勢いが少し弱まり、雲の隙間からかすかな光が差し込んできた。しかし、それは始まりに過ぎなかった。
2時間後、奇跡が起きた。
東京上空の雲が、まるでカーテンが開くかのように左右に分かれていった。そして、10年ぶりの青空が姿を現したのだ。
街中から歓声が上がる。人々は建物から飛び出し、久しぶりの陽光を浴びて喜び踊った。明は、制御室の窓から外を見つめ、目に涙を浮かべていた。
しかし、その喜びもつかの間だった。
突如として、警報が鳴り響いた。明は慌てて操作パネルに目を向けた。
「これは...まさか」
人工太陽の出力が制御不能に陥っていた。予想をはるかに超える熱量が地球に向けて放射され始めたのだ。
気温が急激に上昇し始める。雲は蒸発どころか、激しい対流を起こし始めた。空は青から灰色、そして不気味な赤へと変わっていった。
「緊急停止!すぐに人工太陽の機能を停止させろ!」
リーダーの叫び声が響く。
明は必死に操作を続けたが、システムは全く反応しなかった。
数時間後、状況は最悪の事態へと発展した。過剰な熱により大気中の水分が一気に蒸発し、前例のない規模の嵐が発生。東京は、かつてない豪雨に見舞われた。
街は瞬く間に水没し始め、人々は高台や高層ビルへと避難を始めた。明たちは制御室に閉じ込められ、なすすべもなく事態の推移を見守るしかなかった。
そして、72時間後。
雨は依然として激しく降り続いていたが、人工太陽の機能は完全に停止していた。明たちは救助され、避難所へと移動した。
避難所のテレビで、気象庁の発表を見る。
「今後の降水確率は、引き続き100%となっております。この状況はしばらく続くものと予想されます。」
明は、呆然とその言葉を聞いていた。人類の傲慢な挑戦は、皮肉にも状況をさらに悪化させる結果となったのだ。
しかし、彼の心の中で、小さな希望の灯火が揺らめいていた。この失敗から学び、いつかきっと本当の晴れ間を取り戻せる日が来るはずだ。その日まで、明は決して諦めないと心に誓った。
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