西暦2185年、人類は深刻な食糧危機に直面していた。地球温暖化による農地の減少、人口爆発、そして予期せぬウイルスの蔓延により、従来の食料生産システムは崩壊寸前だった。
そんな中、ある科学者グループが衝撃的な発見をする。人間の脳内にある「創造性」を司る部位を摂取すると、驚異的な栄養価が得られるというのだ。しかも、その効果は創造性が高ければ高いほど顕著だった。
政府はこの発見を受け、極秘裏に「創造性摂取計画」を立ち上げた。その標的となったのが、最も創造性に富むとされる職業群——芸術家たちだった。中でも、言葉で世界を創造する小説家たちは、最高級の「食材」とされた。
主人公の佐藤陽一は、売れない小説家だった。彼の書く物語は独創的で魅力的だったが、難解すぎて一般読者には受け入れられなかった。ある日、彼は政府から突然の招待を受ける。「才能ある作家の支援プログラム」という名目だった。
喜び勇んで政府施設を訪れた陽一だったが、そこで待っていたのは恐ろしい真実だった。彼は「食材」として選ばれたのだ。施設内で彼は他の作家たちと出会う。ベストセラー作家の山田誠、SF界の大御所・鈴木未来、そして陽一のアイドルだった老大家の高橋智子。彼らも同じ運命を背負っていた。
陽一たちは必死に脱出を図るが、厳重な警備をすり抜けるのは至難の業だった。その中で、彼らは自らの創造性を武器に、脱出計画を練り上げていく。山田のプロット構成力、鈴木の斬新なアイデア、高橋の緻密な心理描写、そして陽一の予測不能な展開——それぞれの「小説家力」を結集させた究極の物語を、現実世界で展開させたのだ。
しかし、脱出直前、陽一は仲間を裏切る決断をする。彼は気づいたのだ。この状況こそ、自身の能力を最大限に発揮できる究極の「題材」だと。彼は自ら残留を選択し、他の作家たちを脱出させる。
施設に残った陽一は、自身の脳が「食材」として提供される直前、史上最高の小説を書き上げる。それは、人類の貪欲さと創造性の価値、そして自己犠牲の美学を描いた傑作だった。
彼の脳が「調理」され、高官たちに振る舞われる。ところが、それを口にした者たちに奇妙な現象が起こり始める。彼らの頭の中に、陽一の最後の小説が鮮明に再生されはじめたのだ。物語があまりにも強烈で、彼らは現実と創作の区別がつかなくなっていく。
その「創造性」による混乱は瞬く間に広がり、ついには政府中枢を巻き込む大騒動へと発展。「創造性摂取計画」は頓挫し、その実態が世間に暴露されることとなった。
結果、世界中で「創造性の神聖さ」が再認識され、芸術家たちの社会的地位は一気に向上。皮肉にも、食糧危機は彼らの創造性がもたらすアイデアによって、技術革新という形で解決の道筋が示されることとなった。
後の歴史家たちは、この出来事を「創造性革命」と呼んだ。そして、「小説家を食べてはいけない」は、比喩としてではなく、文字通りの戒めとして後世に語り継がれることとなった。
小説家たちの創造性は、世界を破壊するのではなく、新たな世界を生み出す力となったのだ。陽一の犠牲は無駄ではなかった。彼の残した物語は、人々の心の中で永遠に生き続け、創造性の尊さを伝え続けている。
現在、西暦2285年。あれから100年、人類は創造性を「食べる」のではなく、「育てる」ことを選んだ。そして今、かつてない文化的繁栄の時代を迎えている。
小説家たちは今も、未来を創造し続けている。彼らの言葉は、人々の魂を養う最高の栄養となっているのだ。
(おわり)
(おわり)
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