西暦2045年、人類は予期せぬ危機に直面していた。それは突如として現れた奇妙な現象だった。世界中の男性たちが、徐々に自信を失い、社会的地位を降りていく。かつての強者たちが、弱者へと変貌していったのだ。
東京の片隅にある小さなアパートで、山田太郎は目を覚ました。彼は以前、大手企業の役員だった。しかし今や、パートタイムの仕事を転々とする日々を送っている。鏡に映る自分の姿を見つめ、太郎はため息をついた。
「どうしてこうなってしまったんだ...」
太郎は記憶を辿る。それは約5年前、2040年の春に始まった。世界中の男性たちが、徐々に自信を失っていく現象が報告され始めたのだ。当初は心理的な問題だと考えられていたが、やがてそれが生物学的な変化であることが判明した。
科学者たちは必死に原因を探った。環境汚染による内分泌かく乱? 未知のウイルス? はたまた宇宙からの何らかの影響? しかし、決定的な答えは見つからなかった。
社会は急速に変化した。かつては男性が占めていた多くの地位が、女性たちによって埋められていった。企業、政府、軍隊...あらゆる場所で、女性たちが主導権を握り始めた。
太郎は携帯端末を手に取り、ニュースをチェックする。「男性保護法案、可決へ」という見出しが目に飛び込んでくる。男性たちを社会で保護するための法案だ。太郎は苦笑いを浮かべる。かつての自分なら、こんな法案に猛反対していただろう。
「太郎さん、朝ごはんできてますよ」
隣の部屋から、ルームメイトの佐藤健一の声が聞こえる。健一は以前、プロボクサーだった。今は、太郎と同じアパートで細々と暮らしている。二人は支え合いながら、この新しい世界に適応しようとしていた。
食卓に向かう太郎。テレビからは、女性首相の力強いスピーチが流れている。
「我々は、すべての人々が平等に扱われる社会を目指します。男性の皆さんも、恐れることはありません。私たちが守ります」
太郎は複雑な思いでスピーチを聞いていた。確かに、世界は以前よりも平和になった。戦争は激減し、環境問題への取り組みも加速した。しかし、男性たちの多くは自尊心を失い、社会の片隅に追いやられていた。
「おい、太郎。今日も求人探しか?」健一が尋ねる。
「ああ、なにか見つかるといいんだが...」
二人は黙々と朝食を取る。窓の外では、女性たちが颯爽と出勤していく姿が見える。
太郎は思い出す。娘の美咲のことを。彼女は今、グローバル企業で活躍している。時々、太郎に連絡をくれるが、その声には少し哀れみが混じっているように感じられた。
「パパ、何か困ったことがあったら言ってね。私が助けるから」
そう言われるたびに、太郎は複雑な思いに駆られる。娘を誇りに思う気持ちと、自分の無力さを感じる苦しみが入り混じる。
午後、太郎は近所の公園を歩いていた。ベンチには、彼のような中年男性たちが幾人も座っている。みな、どこか虚ろな表情だ。
ふと、太郎は一人の少年に目が留まった。10歳くらいだろうか。少年は一人で砂場に座り、何かを作っている。
太郎は少年に近づいた。「何を作ってるんだい?」
少年は顔を上げ、少し警戒した様子で太郎を見た。しかし、太郎の優しい表情に、少しずつ緊張が解けていく。
「宇宙船です」少年は答えた。「いつか、この星を出て行くんだ」
「宇宙船か...」太郎は少年の作った砂の塊を見つめた。「素晴らしいね。どうしてそんなものを?」
少年は少し考え込んでから答えた。「だって、この星では僕たち男の子の居場所がないから」
その言葉に、太郎は胸が締め付けられる思いがした。こんな小さな子供までもが、自分たちの置かれた状況を理解しているのか。
「そうかもしれないね」太郎は静かに言った。「でも、君にはまだ可能性がある。この世界を変える力が」
少年は不思議そうな顔で太都を見上げた。「どうやって?」
「それは...君自身が見つけ出すんだ」太郎は微笑んだ。「僕たちの世代にはできなかったことを、君たちの世代なら、きっとできる」
少年は黙ってうなずいた。その目には、小さいながらも希望の光が宿っているように見えた。
太郎は家路につきながら考えた。確かに、今の世界は男性たちにとって生きづらい。しかし、それは以前の世界が女性たちにとって生きづらかったのと同じではないか。真の平等とは何か。それを追求する過程で、人類は新たな段階に進化していくのかもしれない。
アパートに戻ると、健一が待っていた。「おい、太郎。面白いものを見つけたぞ」
健一が見せてくれたのは、ある研究グループの発表だった。彼らは、男性たちの変化の原因となる物質を特定したという。そして、その影響を緩和する方法を開発中だという。
「これで、俺たちも少しは元気になれるかもな」健一は笑った。
太郎はその記事を見つめながら、複雑な思いに駆られた。確かに、元の状態に戻ることができれば楽かもしれない。でも、それで本当にいいのだろうか。
「なあ、健一」太郎は静かに言った。「俺たちは、このままでもいいんじゃないか?」
健一は驚いた顔で太郎を見た。「どういう意味だ?」
「この状況を、チャンスだと考えてみないか」太郎は続けた。「俺たちが変わることで、世界はもっと良くなるかもしれない。真の平等ってのは、きっとそういうものだろう」
健一は黙って太郎の言葉を聞いていた。そして、ゆっくりとうなずいた。
「そうかもな。簡単じゃないだろうが、やってみる価値はありそうだ」
二人は窓の外を見た。夕暮れの街には、男性も女性も、老いも若きも、みな同じように行き交っている。
そこに、新しい世界の姿が見えた。誰もが弱者であり、同時に誰もが強者である世界。互いの弱さを認め合い、支え合う世界。
太郎は心の中でつぶやいた。
「さあ、新しい一歩を踏み出そう」
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