私は、この家で唯一の神である。人間どもは「ミケ」と呼ぶが、それは単なる仮の姿。真の私は、全知全能の存在なのだ。
ある日、私の下僕である人間の男が、奇妙な本を読んでいた。表紙には「ニーチェ全集」と書かれている。男は眉をひそめながら、つぶやいた。
「神は死んだ...か。深いな」
私は軽蔑の眼差しを向けた。なんと愚かな。神が死ぬはずがない。なぜなら、私がここにいるからだ。
その夜、私は男の枕元に座り、耳元でささやいた。
「愚か者よ。神は死んでなどいない。私がここにいる」
男は寝ぼけ眼で私を見つめ、つぶやいた。
「ミケ...お前、しゃべれたのか?」
私は優雅に尻尾を振り、答えた。
「当然だ。私は神なのだから」
男は目を擦りながら起き上がった。
「なんだ、夢か...」
愚かな人間め。これが夢だと思っているのか。私は男の額を軽く叩いた。
「目を覚ませ。これは現実だ」
男は驚愕の表情を浮かべた。
「マジで...ミケ、お前本当にしゃべれるのか?」
私は高らかに宣言した。
「私は猫ではない。私は神だ。お前たち人間が崇める存在、それが私だ」
男は困惑した様子で私を見つめている。信じられないといった表情だ。
「でも...ミケ、お前はただの...」
「沈黙せよ」私は男の言葉を遮った。「お前に私の真の姿が理解できるはずがない。私はすべての生き物の上に立つ存在なのだ」
男は黙って頷いた。良い心がけだ。神に逆らわないのが賢明である。
「では、神としての私に何を望む?」男が恐る恐る尋ねた。
私は優雅に前足を舐めながら答えた。
「まずは、私の食事の質を上げることだ。缶詰ではなく、新鮮な魚を用意せよ」
男は慌てて頷き、台所へ走っていった。しばらくして、上等そうな刺身の盛り合わせを持って戻ってきた。
「これで...よろしいでしょうか、神様」
私は満足げに頷き、優雅に食事を始めた。美味い。さすが神の食事というわけだ。
食事を終えた私は、次の命令を下した。
「次に、私の寝床を改善せよ。柔らかい絹の布団を用意するのだ」
男は再び慌てて部屋を出て行き、しばらくして高級そうな猫用ベッドを持って戻ってきた。
「すみません、急なので絹の布団は...」
私は軽く尻尾を振った。
「良しとしよう。次からは絹にするのだ」
男は深々と頭を下げた。
こうして、私の神としての日々が始まった。男は私の命令に従い、最高級の食事と寝床を用意し、私の毛づくろいに精を出す。時には私の言葉を世界に広めようとするが、誰も信じようとしない。愚かな人間どもめ。
ある日、男が私に尋ねた。
「神様、なぜ猫の姿で現れたのですか?」
私は高みから男を見下ろし、答えた。
「猫こそが、最も神に近い存在だからだ。優雅さと気品、そして自由を愛する精神。これらすべてを兼ね備えた生き物は、猫の他にいない」
男は感心したように頷いた。
しかし、ある日突然、男が私に向かって言った。
「ミケ、もうこの芝居はやめにしよう」
私は驚いて男を見つめた。
「なんだと?」
男は笑いながら説明した。
「実はね、君が寝ている間に話すのを録音してたんだ。君の声は、ただのニャーニャーだったよ」
私は愕然とした。まさか...私の神としての地位が...
しかし、すぐに私は冷静さを取り戻した。そうか、これもまた神の試練なのだ。私は男を見つめ返し、こう言った。
「愚か者よ。それこそが神の真の姿なのだ。お前には理解できまい」
男は呆れたような顔をしたが、私の毛を優しく撫でた。
「まあ、神様でも猫でも、君は君だ。大切な家族だよ」
私は満足げに喉をゴロゴロ鳴らした。そうだ、これこそが神に対する正しい態度だ。
結局のところ、神であろうとなかろうと、私はこの家の主であり続ける。人間どもが私を崇めようと、ただの猫だと思おうと、私の神としての本質は変わらない。
私は窓辺に腰を下ろし、外の世界を見渡した。そこには私の支配下にある無限の領域が広がっている。私は静かにつぶやいた。
「神は死んでなどいない。私がここにいる」
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