私、佐藤美咲は、27歳の駆け出し作家。いや、作家志望と言った方が正確かもしれない。デビューはおろか、一度も小説を書き上げたことがないのだから。

「はぁ...」

カフェの窓際の席で、また深いため息をついてしまう。開いたノートパソコンの画面には、真っ白な原稿用紙が広がっているだけ。

「どうして、言葉が出てこないんだろう...」

そう呟いた瞬間、不思議なことが起こった。

「君、小説が書けないのかい?」

突然、耳元で優しい男性の声がした。驚いて振り向くと、そこには和服姿の男性が立っていた。

「え?あの...どちら様...?」

「僕は芥川龍之介だよ」

「え?」

私は目を疑った。目の前にいるのは、紛れもなく芥川龍之介だった。しかし、彼はとうの昔に亡くなっているはず。

「どうして...ここに...?」

「君の悩みを聞いて、つい現れてしまったんだ。小説が書けないって悩み、僕にはよく分かるからね」

芥川さんは、にこやかに微笑んだ。

「でも、私には才能がないんです。芥川さんみたいに...」

「才能?そんなものはどうでもいいさ。大切なのは、書く情熱だよ」

芥川さんは、私の隣に座った。

「君は、何を書きたいんだい?」

「え?あの...恋愛小説です」

「恋愛か...いいテーマだね。君自身の経験は?」

「私...恋愛経験ほとんどないんです」

顔が真っ赤になる。芥川さんは、優しく笑った。

「経験がなくても大丈夫さ。想像力が大切なんだ。君の心の中にある、理想の恋を書けばいい」

「でも、どうやって...」

「君の心の中を覗いてみよう。目を閉じて、理想の恋人を思い浮かべてごらん」

私は言われるがまま、目を閉じた。すると、不思議なことに、ある人物が浮かんできた。優しい目、柔らかな微笑み...それは、芥川さんそのものだった。

「あ...」

目を開けると、芥川さんが真剣な眼差しで私を見つめていた。

「君の心の中が見えたよ。驚いたけど...嬉しいな」

芥川さんの頬が、薄っすらと赤くなった。

「ご、ごめんなさい!私...」

「謝ることはないさ。これも運命かもしれない。僕も、君のことを...」

芥川さんの言葉に、私の心臓は激しく鼓動した。

「でも、私たちは...時代が違いすぎて...」

「時代なんて関係ない。大切なのは、今この瞬間だ」

芥川さんは、私の手を取った。その手は、温かくて、優しかった。

「美咲さん、君と出会えて本当に良かった。これからずっと、君の小説を見守っていきたい」

「芥川さん...」

私たちは、互いの顔を見つめ合った。そして、ゆっくりと顔を近づけていく。

その時、

「お客様、閉店の時間です」

店員さんの声で、我に返った。

周りを見回すと、芥川さんの姿はどこにもない。夢だったのだろうか。

しかし、パソコンの画面を見ると、そこには小説が書かれていた。タイトルは「時を越えた恋」。

私は、思わず微笑んだ。

「ありがとう、芥川さん」

その日から、私の筆は止まることを知らなくなった。芥川さんとの不思議な出会いは、私に書く勇気と情熱を与えてくれたのだ。

そして一年後、私の小説「時を越えた恋」は、芥川賞を受賞した。

授賞式の壇上に立ち、会場を見渡すと、最後列に和服姿の男性が立っているのが見えた。彼は微笑んで、小さく手を振った。

私は、心の中でつぶやいた。

「芥川さん、私、やりました。これからも、ずっと小説を書き続けます。だって、それが私たちの愛の証だから」

そう、この恋は、永遠に続いていく。時代を越えて、言葉を紡ぎながら。