2045年、東京。

山田太郎(28)は、いつものようにスマホをいじりながら歩いていた。突然、画面に派手な広告が飛び込んできた。

「あなたもアルファオスに! 今なら30日間お試し無料!」

太郎は苦笑いした。「アルファオス化」、通称「アルファ化」。この技術が登場してから、世の中が変わった。

簡単に言えば、ナノマシンを体内に注入して、フェロモンや筋肉量、知能指数を一時的に上げる技術だ。もちろん合法。むしろ政府が推奨している。

「こんなんに頼らんでも...」

そう呟きながらも、太郎の指は広告をタップしていた。

翌日、太郎は渋谷のクリニックを訪れていた。

「山田さんですね。では、施術を始めます」

看護師の言葉に、太郎は緊張した面持ちでうなずいた。

注射一本で、人生が変わる。そう言われていた。

注射器が腕に刺さる。一瞬の痛みと共に、体内に液体が流れ込む。

「はい、終わりました。効果は24時間後から現れます」

帰り道、太郎は少し落ち着かない気分だった。明日から、自分は「アルファオス」になるのだ。

翌朝、目覚めた太郎は鏡を見て驚いた。
顔立ちが整い、体つきも逞しくなっている。
そして何より、自信に満ち溢れた表情をしていた。

「これが...アルファ化か」

会社に向かう電車の中、周囲の視線を感じる。
女性たちが、さりげなく太郎を見ている。
男たちは、警戒するような目つきだ。

オフィスに着くと、普段は太郎を無視していた美人OLの佐藤さんが話しかけてきた。

「あの、山田さん。今日、時間ありますか?」

太郎は余裕の表情で答える。「ああ、いいよ」

仕事が終わり、佐藤さんと飲みに行く。
話が弾み、気がつけばホテルのベッドの上。
太郎は、自分がこんなにスムーズに振る舞えることに驚いていた。

そして、30日間のお試し期間が終わろうとしていた。
太郎は悩んでいた。契約を継続するか、元の自分に戻るか。

この30日間、太郎の人生は劇的に変わった。
モテるようになり、仕事でも成果を上げ、自信がついた。

でも、これは本当の自分なのだろうか?

悩む太郎のもとに、一通のメールが届いた。
送信者は、「反アルファ化同盟」。

「アルファ化した者たちよ。君たちは騙されている」

太郎は興味を持ち、添付されたリンクを開いた。

そこには衝撃の事実が書かれていた。

アルファ化は、実は政府による人口管理計画の一環だった。
少子化対策として、人々のモテ度を上げ、カップリングを促進する。
そして、アルファ化した者同士の子供は、さらに優秀な遺伝子を持つ。

しかし、それは同時に個性の喪失も意味していた。
みんながアルファオスになれば、誰もアルファオスではない。
そして、アルファ化を続けると、元の自分には戻れなくなる。

太郎は愕然とした。

このまま契約を続ければ、「山田太郎」という個人は消えてしまう。
かといって、元の自分に戻れば、また以前の退屈な日々が始まる。

太郎は決断を迫られていた。

そのとき、佐藤さんからメッセージが届いた。

「山田さん、私...妊娠したみたい」

太郎は頭を抱えた。これは想定外の展開だ。

もし子供が生まれれば、その子もきっとアルファ化を強いられる。
でも、アルファ化をやめれば、佐藤さんは太郎に興味を失うかもしれない。

太郎は、アルファ化を続けるか、やめるか、決断の時を迎えていた。

そして、太郎は決意した。

アルファ化をやめ、元の自分に戻ることにしたのだ。
そして、佐藤さんにも全てを正直に話すことにした。

「佐藤さん、実は僕...」

太郎が話し終わると、意外にも佐藤さんは優しく微笑んだ。

「実は私も...アルファ化してたんです」

二人は顔を見合わせ、笑った。

そして、アルファ化に頼らない、本当の自分たちの関係を築いていくことを誓った。

9ヶ月後、二人の間に生まれた子供は、特別な能力は持っていなかった。
しかし、二人にとっては最高のギフトだった。

一方、政府のアルファ化計画は徐々に失敗が明らかになっていった。
個性を失った人々が増え、社会の多様性が失われていったのだ。

やがて、「自分らしさ」を大切にする動きが広まり、アルファ化は過去のものとなっていった。

太郎と佐藤さんは、その波に乗って起業した。
「個性化サポート」という、人々が本来の自分を取り戻すサポートをする会社だ。

アルファ化に頼らずとも、自分らしく生きることができる。
そんな時代が、静かに、しかし確実に訪れようとしていた。

(終わり)