赤。青。黄。

三原色が混ざり合う街。東京。

私は、山田一郎。32歳。平凡なサラリーマン。

毎朝、同じ電車に乗り、同じオフィスに向かう。灰色のスーツに身を包み、無表情で人混みをかき分ける。

そんな日常に、ある日、鮮やかな赤が飛び込んできた。

彼女の名は緋川紅。真っ赤なワンピース姿で現れた新入社員。

「はじめまして、緋川です。よろしくお願いします」

その声は、まるで鮮やかな朱色の絵の具が、灰色の画布に滴り落ちるかのよう。

私の心に、久しく忘れていた感情が芽生えた。

恋。

それは燃えるような赤。

だが、私には青がある。

妻、青木静香。冷たく、深く、どこまでも澄んだ青。

「一郎、遅くなるの?」

静香からのメール。青い文字が画面に浮かぶ。

「ああ、少し残業がある」

嘘をつく。赤と青の狭間で揺れる自分が怖かった。

オフィスで、紅と二人きり。

「山田さん、これからお食事でもどうですか?」

紅の唇が、艶やかに動く。

「すみません、約束があるので...」

逃げ出す私。心臓の鼓動が、赤く激しく脈打つ。

家に帰れば、静香が待っている。

「お帰りなさい」

静かな青の中に沈んでいく。安らぎと焦燥が混ざり合う。

翌日。

黄色いワンピースの女性が、オフィスに現れた。

「こんにちは、黄瀬陽子です。本日から営業部に配属になりました」

眩しいほどの黄色。希望の色。新しい可能性の色。

紅と陽子。赤と黄色。

私の心は、原色のカオスと化した。

静香との青い生活。
紅との赤い情熱。
陽子との黄色い未来。

どれも手放したくない。どれも大切。

ある日、紅が近づいてきた。

「山田さん、私...あなたのことが...」

遮る。「僕には妻がいます」

紅の目に、赤い涙が浮かぶ。

別の日、陽子が話しかけてくる。

「山田さん、一緒に新しいプロジェクトを始めませんか?」

「考えさせてください」と答える。黄色い希望が揺らめく。

家で静香に向き合う。

「一郎、最近変よ」

「何が?」

「あなたの目。何か隠してる」

青い静香の目が、私を見抜く。

赤。青。黄。

三つの色が、私の中で渦を巻く。

ある日、決断した。

紅を呼び出す。

「紅さん、僕は...」

言葉が出ない。

紅が微笑む。「わかってます。さようなら、山田さん」

赤いワンピースが、人混みに消えていく。

次は陽子。

「陽子さん、新しいプロジェクト...」

「気にしないでください。他の人と組みます」

黄色い光が、遠ざかっていく。

家に帰る。静香が待っている。

「一郎、何かあったの?」

すべてを話す。赤と黄色の話を。

静香は黙って聞いている。

話し終えると、静香が立ち上がる。

「少し、考える時間が欲しい」

青い背中が部屋を出ていく。

一人になった私。

赤でも、黄色でもない。
かといって、青でもない。

ただ、無色の空間。

数日後、静香が戻ってきた。

「一郎、あなたの正直さに感謝します」

静香の瞳に、新しい色が宿っている。

それは、青でも赤でも黄色でもない。

三原色が溶け合った、深みのある色。

「これからも一緒に歩んでいきましょう」

静香の手を取る。

その瞬間、私の中の色彩が、豊かに広がった。

赤や青や黄の単純さを超えて、
無限の色彩が生まれる可能性。

それが、人生なのかもしれない。

原色だけでは描けない、
複雑で奥深い物語。

それが、私たちの人生。

静香と見つめ合う。
その瞳に、全ての色が映っている。

原色を超えて、
新しい物語が始まろうとしていた。