高山誠は、かつてベストセラー作家だった。しかし今や、彼の机の上には白紙の原稿用紙が積み上がるばかり。インクは乾き、言葉は枯渇していた。
「もう一度...もう一度だけチャンスが欲しい」
誠はつぶやいた。その瞬間、部屋の空気が凍りついたように感じた。
カタカタカタ...
誠の背後で、タイプライターの音が響き始めた。振り向くと、そこには美しい女性が座っていた。
「私があなたのミューズになりましょう」
彼女は微笑んだ。長い黒髪と真っ赤な唇。誠は息を呑んだ。
「あなたは...誰?」
「私の名前はイザベラ。あなたの言葉を解放する者よ」
誠は困惑しながらも、イザベラに魅了された。彼女の存在だけで、枯渇していた想像力が蘇るのを感じた。
イザベラの助けを借りて、誠は新作の執筆を始めた。物語は順調に進み、かつての才能が戻ってきたかのようだった。
しかし、奇妙なことに気づいた。書き進めるごとに、誠の体から少しずつ生気が失われていく。肌は蒼白くなり、髪は薄くなっていった。
「イザベラ、これは一体...」
「心配しないで。これはあなたの傑作を生み出すために必要なプロセスよ」
イザベラは優しく誠を慰めた。その言葉に、誠は不安を押し殺して執筆を続けた。
物語が佳境に入ったある夜、誠は激しい胸の痛みに襲われた。
「イザベラ...もう限界だ。これ以上は...」
イザベラは悲しそうな顔で誠を見つめた。
「でも、あと少しで完成よ。あなたの魂を込めた最高傑作が」
誠は苦しみながらも、ペンを走らせ続けた。イザベラの美しさに魅了され、彼女のためなら死んでもいいと思えた。
最後の一文を書き上げた瞬間、誠の体から全ての生気が失われた。彼は椅子から崩れ落ち、息絶えた。
イザベラは満足げに微笑んだ。
「素晴らしい作品よ、誠。あなたの魂が永遠に生き続けるわ」
彼女は原稿を手に取り、姿を消した。部屋に残されたのは、誠の干からびた死体だけ。
数週間後、一冊の本が出版された。タイトルは「インクの墓場」。著者は高山誠。
本は瞬く間にベストセラーとなった。読者は、その生々しい描写と深い洞察に魅了された。しかし、誰も気づかなかった。この本が、作者の命と引き換えに書かれたことを。
ある日、若い作家志望の女性が、この本を手に取った。
「素晴らしい...私もこんな本が書けたら」
その瞬間、彼女の背後でタイプライターの音が響いた。
カタカタカタ...
振り向くと、そこには美しい女性が座っていた。
「私があなたのミューズになりましょう」
長い黒髪と真っ赤な唇。イザベラは微笑んだ。
若い作家の目が輝いた。彼女は、自分がどんな運命を辿るかも知らずに、イザベラに近づいていった。
そして、新たな「インクの墓場」が作られようとしていた。
誠の魂は、本の中で永遠に生き続ける。しかし、それは祝福なのか、呪いなのか。
あなたがこの物語を読んでいる今、背後で何か音がしませんか?
カタカタカタ...
振り返ってはいけません。そこにイザベラがいたら、あなたも「インクの墓場」の住人となるでしょう。








