彼女は眠れぬ夜を越えて、言葉という名の幻影を追いかけていた。机の上には無数の紙切れが散乱し、その一枚一枚に彼女の野望が刻まれている。「私は次世代の文豪になる」そう呟きながら、彼女はまた一枚の紙を取り出した。

(ああ、この世界には私しか存在しない。私の言葉が全てを創造するのだ)

彼女の脳内では、まだ見ぬ読者の歓声が響き渡る。批評家たちは彼女の作品を絶賛し、文学賞の選考委員たちは彼女の名前を口にする。そう、彼女はまだ一文字も書いていないのに、既に成功を確信していたのだ。

しかし、現実は残酷な道化師のように彼女を嘲笑う。

「才能がないんじゃないか」という不安が、深夜のコンビニでお茶を買う時にふと襲ってくる。レジに並ぶ間、彼女は自問自答を繰り返す。

(いや、違う。私には才能がある。ただ、まだ見出されていないだけだ)

彼女は財布から小銭を取り出しながら、自らを励ます。そう、彼女の才能は眠っているだけなのだ。いつか目覚める時が来る。そう信じなければ、この夜も越えられない。

帰路につく彼女の足取りは重い。街灯の下で影が揺れる度に、彼女は自分の存在意義を問い直す。

(私は何者なのか? 小説家になれなかったら、私は誰になるのだろう?)

そんな疑問が頭をよぎる度に、彼女は首を振って否定する。そんな選択肢はない。彼女には小説家になる以外の道はないのだ。

部屋に戻った彼女は、再び机に向かう。しかし、言葉は彼女の期待に応えてはくれない。白い紙は依然として白いままだ。

(なぜ書けないのだろう? 私には物語がある。頭の中では完璧な世界が広がっているのに)

彼女は焦りを感じながら、キーボードを叩く。しかし、モニターに映る文字の列は、彼女の理想とはかけ離れている。

(これじゃない。こんなものじゃない。私の中にある物語は、もっと壮大で、もっと美しいはずなのに)

彼女は書いては消し、また書いては消す。この繰り返しの中で、夜は更けていく。

朝日が窓から差し込む頃、彼女はようやく気づく。自分が追い求めていたのは、小説家という肩書きだけだったのではないかと。

(私は本当に物語が書きたいのか? それとも、ただ有名になりたいだけなのか?)

その瞬間、彼女の中で何かが崩れ落ちる。しかし同時に、新たな何かが芽生え始める。

彼女は深呼吸をして、再びキーボードに向かう。今度は違う。彼女は自分自身のために書き始める。名声も評価も忘れ、ただ自分の心の声に耳を傾けながら。

文字が紡がれていく。それは決して完璧ではない。むしろ拙い文章かもしれない。しかし、それは確かに彼女自身の言葉だった。

(これでいいんだ。完璧を求めすぎていた。大切なのは、自分の声を聞くこと)

彼女は初めて、自分の書いたものに満足した。それは世間を驚かせるような作品ではないかもしれない。しかし、彼女にとっては何よりも価値のあるものだった。

夜が明け、新たな一日が始まる。彼女は昨日までの自分とは少し違う顔で街に出る。

(小説家になりたい。でも、それは肩書きのためじゃない。自分の物語を紡ぐため)

彼女の歩みは、以前よりも確かなものになっていた。そして彼女は気づく。小説家への道のりは、実は自分自身を見つめ直す旅なのだと。

この物語は、まだ始まったばかり。彼女の真の挑戦は、これからだ。


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