ブラックボックス (講談社文庫)
砂川文次
講談社
2024-02-15



芥川賞受賞作『ブラックボックス』は、現代社会に適応できない青年の苦悩と葛藤を鮮やかに描き出した作品だ。

主人公のサクマは、自転車便のメッセンジャーとして、毎日同じような仕事を繰り返しながら、漠然とした不安と閉塞感を抱えている。彼は「ちゃんとする」ことができず、不快なことがあれば暴力や暴言に走ってしまう。サクマの抱える感情は、多くの読者にとって痛いほど共感できるものだ。将来への不安、自分の人生への疑問、そして「ちゃんとした」世界との溝。誰もが一度は感じたことのある感情を、サクマを通して巧みに表現している。

物語の前半では、自転車で都内を疾走するサクマの日常が描かれる。自転車に関する専門用語が頻出し、読み進めるのに苦労する読者もいるかもしれない。しかし、その細かな描写が、サクマの世界をリアルに感じさせる。彼にとって、自転車を漕ぐことは、繰り返される日常から一時的に逃れる手段なのだ。

後半、物語は急転直下、サクマが暴行事件を起こして刑務所に収監されるという展開を迎える。そこでの生活は、独房での50日間の懲罰など過酷なものだが、皮肉にもサクマはそこである種の安心感を覚える。外の世界では適応できなかった彼が、刑務所という統制された環境の中で、自分の居場所を見出していくのだ。

作品全体を通して印象的なのは、「遠くに行きたい」というサクマの思いだ。それは物理的な距離ではなく、自分を縛る現状からの脱却を意味している。しかし、彼がもがけばもがくほど、悪循環に陥ってしまう。その悪循環から抜け出す糸口を、サクマは刑務所の中で見出していく。

『ブラックボックス』は、現代社会の閉塞感と、その中で生きる若者の苦悩を見事に描き出している。サクマの感情に共感しつつも、彼の選択に疑問を感じずにはいられない。しかし、それこそがこの作品の真骨頂なのだ。読者は、サクマを通して、自分自身の人生と向き合うことを求められる。

ラストシーンで、サクマは刑務所内の作業で見出した小さな希望の光を感じている。しかし、それが本当の意味での希望につながるのかは分からない。むしろ、その曖昧さこそが、現代を生きる若者の姿を象徴しているのかもしれない。

『ブラックボックス』は、現代社会の問題点を浮き彫りにすると同時に、一人の青年の内面を深く掘り下げた作品だ。読後に残る複雑な感情は、この作品の持つ力を物語っている。

(おわり)

小説なら牛野小雪がおすすめ【kindle unlimitedで読めます】

牛野小雪の小説season3
牛野小雪
2023-10-25