『おいしいごはんが食べられますように』は、高瀬隼子による第167回芥川賞受賞作品である。一見ほっこりとしたタイトルからは想像もつかないような、人間関係のもつれや心の機微を鋭く描き出した作品だ。

物語は、食に興味がない男性社員・二谷と、同僚の女性社員・押尾、そして二谷の恋人で食に興味のある芦川の三人を中心に進められる。二谷と芦川が自宅で食事をするシーンと、二谷と押尾が外食するシーンが交互に描かれ、対比的な構成になっている。美味しい食事をしているはずなのに、どこか暗く、ざわつく気持ちになるのが印象的だ。

芦川は一見弱く、周りから守られる存在だが、その弱さゆえに周りを上手くコントロールしている。一方、仕事ができる押尾はそんな芦川の態度に苛立ちを感じている。そして二谷は、芦川の言動に疑問を感じつつも、彼女の「かわいさ」に流されてしまう。三者三様の心情が丁寧に描かれ、読み手に様々な感情を喚起させる。

この物語は、現代社会における人間関係の機微を鋭く風刺している。弱者が守られ、強者が疎外される皮肉。優しさの裏に潜む打算。多様性を認めることで生じる軋轢。そうした普段は口に出せない感情が、巧みな筆致で浮き彫りにされる。

特に印象的なのは、ラストシーン。二谷が芦川と結婚する決意をするも、その理由が芦川の「かわいさ」であることに読み手は違和感を覚える。愛情よりも優越感が勝っているようにも感じられるのだ。

タイトルの「おいしいごはんが食べられますように」という祈りは、一体誰に向けられたものなのか。三人それぞれの幸せを願うものなのか、それとも皮肉なのか。作品の余韻を読者の胸に残す、考えさせられる一編である。

(おわり)

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牛野小雪の小説season3
牛野小雪
2023-10-25