葉真中顕の小説『ロストケア』は、現代日本の介護問題に焦点を当てた衝撃的な社会派ミステリーである。物語は、介護の現場で働く佐久間が起こした連続殺人事件の公判から始まる。佐久間は、自らの行為を「正しいこと」だと主張するが、検事の大友は、人間の善性を信じる立場から、佐久間の行為を断罪しようとする。
作品を通して、介護の現場で起こる過酷な現実が生々しく描かれる。認知症による利用者の豹変や、家族からのネグレクトなど、介護の闇は外からは見えにくいものであり、ブラックボックス化している。その背景には、貧困ゆえに介護保険制度だけでは賄えず、家族が自宅で介護せざるを得ない状況がある。
佐久間の行為は、法的には明らかに殺人であり、断罪されるべきものである。しかし、作品が進むにつれ、読者は佐久間の動機に一定の理解を示さざるを得なくなる。彼の言動からは、介護の現場で直面する過酷な現実と、それに対する怒りや絶望が透けて見える。
一方、大友検事は、人間の善性を信じ、「人にしてもらいたいと思うことは何でも人にしなさい」という聖書の教えを振りかざす。しかし、佐久間から「安全地帯にいるあなたには、現実が見えていない」と指摘され、その論理の脆弱さが浮き彫りになる。大友の善性を説く姿勢は、現実を直視しない、ある種の独善性を感じさせる。
作中では、佐久間の母を殺された洋子の心情も描かれる。長年の介護の末に母を殺された彼女は、複雑な感情を抱きながらも、一種の解放感を覚えている。このリアルな描写は、介護問題の複雑さを浮き彫りにしている。
『ロストケア』は、介護の現場で起こる悲劇を通して、現代日本の抱える構造的な問題を鋭く指摘する作品だ。少子高齢化が進む中、介護の問題は誰もが直面し得る課題であり、真摯な議論が求められる。
作品は、介護の現場で働く人々の苦悩と、それを傍観する社会の責任を問いかける。佐久間の行為は、法的には許されざるものだが、その背景にある絶望と怒りは、社会全体で受け止めるべき問題であることを示唆している。
同時に、作品は、善悪の二元論では捉えきれない、人間の複雑さも描き出している。大友検事のように、安全地帯から善性を説くだけでは、問題の本質は見えてこない。むしろ、現実に向き合い、一人一人が自分なりの答えを模索していくことが求められているのだ。
『ロストケア』は、介護という喫緊の課題を通して、現代社会の闇と、人間の本質的な問いを投げかける力作である。読後に残るのは、重く深い問いかけと、それに向き合っていく覚悟だ。この作品は、高齢化社会を生きる私たち一人一人に、介護の問題について真剣に考えることを促している。
(おわり)
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