小説を書く上で、登場人物の心理を巧みに描写することは非常に重要です。読者は登場人物の感情に共感することで物語により深く入り込むことができるからです。今回は、『火星へ行こう君の夢がそこにある』を例に登場人物の心理描写のテクニックについて探っていきましょう。
この小説の主人公一郎は人類初の火星探査に選ばれた宇宙飛行士です。物語の大半は一郎が孤独な火星での生活を送る中で希望と絶望の間で揺れ動く心理状態が描かれています。
まず一郎の孤独感を効果的に描写するテクニックに注目してみましょう。火星に着陸した当初、一郎は広大な火星の荒野に圧倒されます。「見渡す限りの荒野が広がっているだけで、後ろにはタイヤの線が二本と一郎の足跡があるだけだった」という描写は一郎を取り巻く環境の殺伐とした雰囲気を伝えると同時に、一郎の孤独感を読者に強く印象付けます。
またパソコンが故障して地球との交信が途絶えたことで一郎の孤独感はさらに増幅されます。「これで地球との連絡は完全に取れなくなった」という一文はシンプル・イズ・ベストの原則を体現しています。あえて感情的な言葉を使わずに事実のみを述べることで、かえって一郎の絶望感が読者に伝わってきます。
一方で、一郎は絶望的な状況下でも希望を失わないように努力します。火星四輪車が動かなくなった時、諦めずに車を引っ張り続ける一郎の姿は、読者に強い印象を与えます。ここでは、一郎の行動を通して彼の前向きな心理状態が巧みに描写されています。
さらに「火星の空は依然として青空だったが、赤茶色の曇り空が昨日より迫っていた。三日もしないうちにまた元の空に戻るだろう」という描写は一郎の心理状態を風景描写に投影するという興味深いテクニックを使っています。一時的に明るくなった空は一郎の希望を迫り来る曇り空は絶望を象徴しているのです。
また「一郎は壁から壁へ飛ぶという単調な動作を繰り返した。やめるのはさつまいもを食べる時か寝る時だけだった」という描写は、食料が尽きかけ孤独に苛まれる一郎の心理状態を見事に表現しています。同じ動作の繰り返しという行動描写を通して一郎の精神的な追い詰められ方が印象的に描かれているのです。
最後に物語のクライマックスで地球に帰還した一郎が兄の二郎に「火星まで行ったことだし、今度はジントニックを飲んでもいいか」と言うシーンは死の淵から生還した一郎の心境の変化を見事に捉えています。わずか一言の会話ですがそこには一郎の心理の変化が凝縮されているのです。
以上『火星へ行こう君の夢がそこにある』を例に登場人物の心理描写のテクニックについて見てきました。孤独と希望の狭間で揺れ動く一郎の心理を行動描写や風景描写、会話などを巧みに使って描き出すことで、作者は読者に一郎の感情を追体験させることに成功しています。
小説を書く際は、『火星へ行こう君の夢がそこにある』の一郎の心理描写を参考にしながら、自分なりの工夫を重ねていってください。登場人物の感情に真摯に向き合い、丁寧に言葉で紡いでいくことが、読者の心に響く小説を書くための第一歩となるはずです。
コメント