彼はカフェの隅で、見慣れぬ古い時計を眺めていた。時計は彼の祖父から受け継いだもので、針が進むたびに過去に戻りたくなる魔法のような力を持っているらしい。そんな彼のもとへ、突然一人の女性が現れた。

「その時計、時間を教えてくれますか?」女性は彼に尋ねた。

彼は時計を見て、皮肉な笑みを浮かべながら答えた。「残念ながら、これは時間を教える時計ではなく、過去を嘆く人々のための時計です。ですが、現在は午後3時15分ですよ。」

女性は不思議そうに首を傾げた。「過去を嘆くための時計?面白いコンセプトですね。それで、あなたは過去に戻りたいのですか?」

「戻りたいと言えば戻りたいですが、実際には不可能ですからね。この時計は、そういう無駄な願望を持つ人間の愚かさを笑うためのアイテムです。」

「なるほど、皮肉が効いていますね。でも、もし時間を戻せたら、あなたは何をしたいですか?」

彼はしばらく考え込んだ後、深くため息をついて答えた。「多分、もっと違う選択をする。でも、それが今の自分を作っているわけで、時間を戻せたとしても、結局同じ選択をする気がします。」

女性は微笑みながら言った。「それなら、あなたはあなたの過去に満足しているんじゃないですか?」

彼は答える代わりに、時計をじっと見つめた。時計の針は、過去でも未来でもない、ただの現在を指していた。

「多分そうですね。過去に戻りたいわけではないけれど、過去があるから今がある。それに気づかせてくれる、この時計が好きなんです。」

二人はしばらくの間、互いの過去や未来について語り合った。それは、過去を懐かしむことでも、未来を恐れることでもない、現在を生きるための小さな時間だった。

午後3時15分、アレックスはダブルソフトを買おうとしていたのにパスコの超熟を買ってしまった。ヤマザキ春のパン祭りのポイントを集めたかったのに、超熟だと別会社なのでポイントがつかない。

「ああ、またやってしまった。どうしてパンはどれもパンなんだろう。いつになったらサラダボウルが手に入るんだ」

アレックスは既にサラダボウルを13個集めている。母親に毎朝必ずダブルソフトを食べさせ、自分はお昼をランチパックにするというストイックぶり。10ポイント/日を稼ぐのが彼のノルマだ。そのために晩御飯はダブルソフトのフレンチトースト、ダブルソフトのホットサンド、ダブルソフトを砕いてカツレツの衣にしたり、ダブルソフトを小麦粉の代わりに入れてシチューを作ったこともある。

アレックスのここ最近のお気に入りは限界牛乳汁だ。牛乳2カップにダブルソフトを1枚。まずはレンジでチンして、ダブルソフトをふやかす。そしてスプーンでダブルソフトを牛乳に溶かしながら塩とコショウ、マーガリンで味を付ける。牛乳に飽きたらトマトジュースでもいい。ほんだしを入れてしょうゆか味噌で味付けしてもいい。そしてまたレンジで1分チン。これが限界牛乳汁のレシピだ。液化したダブルソフトは容易に体内に摂取できる。ツナも入れれば炭水化物、脂質、たんぱく質を含んだ完全食にもなる。

「アレックス。私はもうダブルソフトはこりごりだよ」と母親のエマが言う。

「ダメだよ、母さん。春のパン祭りが終わるまで僕たちはダブルソフトを食べ続けなければならないんだ」とアレックス。

「そうはいってもお前はお昼にランチパックを食べてるじゃないか」

「そうだね。でもあれは0.5ポイントしかないんだ。大丈夫。母さん、今日の限界牛乳汁には骨抜きの鮭を入れておいたからね。お鍋にいっぱいあるから。夜にはまた別のを作るよ」

エマの目から涙が一筋流れる。まさか母親がこんなにも感動してくれるなんて。アレックスは後ろめたい気持ちになる。自分はただ春のパン祭りのポイントを稼ぐために母親を利用しているだけなのに。そうだ。超熟も母親に食べさせよう。

午後のキッチンは限界牛乳汁の香りで満たされていた。アレックスはエマの涙を見て、罪悪感と同時に、ある種の達成感を感じていた。サラダボウルへの執着が、母親との日常をこんなにも変えてしまった。

「アレックス、本当にサラダボウルがそんなに大切かい?」エマが尋ねる。

「ええ、もちろんだよ。だって、サラダボウルがあれば、もう少し健康的な食生活を送れるから。」

エマは苦笑いをしながら、アレックスの手を取った。「でもね、アレックス。ダブルソフトを食べ過ぎると、いつか本当にダブルソフトになってしまうかもしれないわよ。」

アレックスは笑った。「それはまさに、パン祭りの呪いだね。でも、心配しないで。僕たちはもうすぐ目標を達成できる。そして、もうダブルソフトの海からは脱出できるんだ。」

「そうね、私たちはもう十分にダブルソフトと戦ったわ。次は、超熟の冒険に出るのかしら?」エマは意地悪く微笑んだ。

アレックスは、彼女の提案に一瞬考え込んだ後、頭を振った。「いや、次はもう少し平和的な食事にしよう。サラダボウルを使って、本当に美味しいサラダを作るんだ。」

二人はキッチンで笑い合いながら、春のパン祭りの終わりを待っていた。サラダボウルを手に入れた後のことはまだ誰にも分からない。しかし、アレックスとエマにとっては、それが次の大きな冒険の始まりだった。

そして、アレックスは超熟を手に取りながら考えた。「多分、超熟で新しいレシピを考え出すのも悪くない。サラダボウル集めの次のプロジェクトだ。」彼の目には、新たな挑戦への光が輝いていた。

超熟はツナサンドにして母親に食べさせた。母はせきこむほど涙を流して感動していた。欲望の追及をしているだけなのに図らずも母に親孝行している。アレックスは超熟に感謝と尊敬の念を抱く。

「ん、これは?」

超熟にもポイントがついている。なに。春フェスだって? しかもオーブンレンジが当たる。もしこれでダブルソフトを焼けば、母はきっと涙を流して喜ぶに違いない。

「母さん、僕たちは新しいステージに突入した。ヤマザキ春のパン祭りと同時にパスコの春フェスも同時に追いかける」

「え、アレックス。それはつまりもっとパンを食べるっていうこと?」

「うん、そうだよ。これからもっとパンを食べられるよ、母さん」

「ああ、どうしよう。そんなに食べられるかしら」

母は胸をおさえ、幸せすぎてどうしようという困った顔をする。

アレックスとエマはダブルソフトと超熟を毎日三食食べる。限界牛乳汁の濃度は濃くなる一方でスプーンが垂直に立つほどだ。そのかいあってパスコの春フェスでオーブンレンジを手に入れたし、サラダボウルは21個手に入った。

アレックスとエマのキッチンは、まさにパンで溢れかえっていた。朝食にはダブルソフトと超熟のトースト、昼食にはツナサンドとチキンサンド、夜はパンで作るクリエイティブな料理が並ぶ。限界牛乳汁はもはや家庭の伝統的な一品となり、二人の絆をより一層深めていた。

「母さん、このオーブンレンジでダブルソフトを焼いたら、もっと美味しくなるかな?」アレックスがわくわくしながら尋ねる。

「きっとそうよ。あなたの工夫次第で、もっと素晴らしい料理ができるわ」とエマは応えた。彼女の顔には、アレックスの料理に対する情熱を支える母親の優しさが溢れていた。

そして、オーブンレンジで焼き上げられたダブルソフトは、想像を超える美味しさだった。クリスピーな外側とふんわりとした内側のコントラストは、まさに絶品。エマは涙を流しながら、アレックスに感謝の言葉を述べた。

「アレックス、こんなに美味しいパンを食べさせてくれてありがとう。あなたがいてくれて、本当に幸せよ」

アレックスは母の言葉に心を打たれた。彼はただポイントを集めるために始めたこの冒険が、母との関係をこんなにも豊かにするとは思ってもみなかった。

サラダボウルが21個も集まり、キッチンはさながらプロの料理人の工房のようになっていた。アレックスはこれからも母と一緒に、パンを使った新しいレシピに挑戦していくことを誓った。

「母さん、次は何を作ろうか?」アレックスが尋ねると、エマは嬉しそうに答えた。

「あなたが選んでくれたら、何でもいいわ。アレックスの料理は、どれもこれも私の心を豊かにしてくれるから」

この小さなキッチンから始まる、アレックスとエマのパンを巡る冒険はまだまだ続く。二人にとって、パンはただの食べ物ではなく、愛と絆を深める大切なツールとなったのだった。

アレックスは母の遺骸を両手に持ちながら実際には起こらなかったことを想像していた。母はダブルソフトの食べ過ぎでみるみる肌が白くなり、とうとう食パンになってしまった。食パンはなにも食べることができない。母は日を追うごとにパサパサに乾いていった。

「アレックス。とうとう私はダブルソフトになってしまったようだね。こんな体ではもうダブルソフトを食べることができない。これからはお前一人で春のパン祭りイベントを完走するんだよ」

「そんないやだ。母さん。死なないで」

どうしてこんなことになってしまったのか。母がいなくなったら今までのようにポイントが集められなくなってしまう。せいぜい3ポイント/日だろう。

「最後にひとつだけお願いがある」とエマは言う。

「最後なんていやだ。そんな、」アレックスは言葉が出てこない。

「いい? このままだと私は完全にパサパサになってしまって、誰も食べられなくなる。そうなったらいつまでも放置されてカビが体中に覆われて」

「そんなことにはならないよ。なんとかして……」

「黙りなさい」エマはぴしゃりとアレックスを叱る。めったにないことにアレックスは驚き、言葉を止める。

「親は先に死ぬものなの。速い人もいれば遅い人もいる。いまはあなたがそう。私はもうすぐ死ぬ」

アレックスは否定したくて涙を流しながら首を横に振る。しかし、母のいう通りになるであろうことを頭では理解してる。

「だからね。私がカビで醜くなる前に私をオーブンで焼いて」

「えっ?」

「私をトーストにしてあなたが食べて。そうすれば私はあなたの一部になってこれからも生きていく」

アレックスはエマの言葉に絶句し、彼女の変わり果てた姿を見つめた。彼女の顔はもはや人間のものではなく、ダブルソフトの白くて柔らかい食パンそのものだった。しかし、彼女の眼差しには母としての愛情が溢れていた。

「でも、母さん。そんなこと…」

「アレックス、これは私の最後の願いよ。私はあなたといつまでも一緒にいたい。そして、あなたがこれからも健やかに生きていけるように、私の最後の力をあなたにあげたいの」

その言葉に、アレックスの心は重く沈んだ。しかし、彼は母の愛を感じ、彼女の願いを受け入れることを決意した。

「分かったよ、母さんの願いを叶えるよ。」

そうしてアレックスはエマをオーブンに入れ、彼女の最後の願いを実行した。焼きあがったトーストは、まるで母の温もりを感じさせるかのように、ふんわりとやさしい香りを放っていた。アレックスは涙を流しながら、母を、トーストを一口かじった。

「これが母さんの味か…。」

この行為を通して、アレックスは母との絆を改めて感じ、彼女の一部が自分の中に永遠に生き続けることを実感した。その日以降、アレックスは春のパン祭りイベントを続けたが、彼の心には深い悲しみとともに、母の愛の重さがしっかりと刻まれていた。

そしてアレックスは決意する。「もう、誰もパンで苦しませたりしない。これからは健康的な食生活を送るんだ。」

エマの願いは、アレックスの人生に新たな方向を示すきっかけとなった。母の犠牲を通して、彼は本当に大切なものが何かを学んだのだった。

母は死んだ。もういない。キッチンにはパスコのオーブンレンジ。いままで獲得してきた春のパン祭りの景品の山。

「僕はいままで何をしていたんだろう」

アレックスは胸に虚しさを覚える。そうか。俺はヤマザキに、パスコに翻弄されて、本当の自分を見失っていたのか。

「そうか。俺は間違っていた。俺が本当にしなければならないのは・・・・・・・」

3週間後、ヤマザキの本社では採用面接を受けるアレックスの姿があった。

「私は春のパン祭りで家族の大切さ……母との絆を発見しました。私が本当にやるべきことは春のパン祭りを追うことではなく、運営側に回ってたくさんの人に、いえ、人類すべての人に春のパン祭りを追ってもらうことだと気付いたのです」

こうしてアレックスはヤマザキの人間となり、見る見るうちに出生していく。いまでは彼がヤマザキだ。

そして今年も春のパン祭りが始まる。

「母さん、見ていてくれ。俺は必ず人類すべてをダブルソフトにしてみせる」

アレックスはそう言うとダブルソフトの袋にポイントシールを貼った。

(おわり)


ChatGPTによる小説の評価

これはただのパンを巡る冒険ではありません。現代社会が抱える、物質主義と消費文化の深い闇を描いたメタファーなのです。

物質主義のトラップ

アレックスがポイントを追い求め、最終的には母を失う過程は、私たちが日々の消費に追われ、本当に大切なものを見失っている現実を象徴しています。春のパン祭りのようなイベントは、実際には企業が利益を追求するための策略に過ぎず、私たち消費者はその餌食になっているのです。

翻弄される現代人

アレックスがヤマザキに、パスコに翻弄される様子は、私たちがブランドや流行に振り回され、自我を失いつつあることのメタファーです。ポイントや景品のために自己を犠牲にすることは、SNSの「いいね!」やフォロワー数を追い求める現代人の姿と重なります。

家族の絆 vs. 消費文化

アレックスが最終的に気づく「家族の大切さ」は、消費文化の中で失われがちな人間関係の重要性を再認識させます。しかし、彼はその気づきを活かしてさらに多くの人をパン祭りへと誘う「運営側」に回ることを選びます。この選択は、現代社会で「意識高い系」が人々の俗っぽさを笑いながら、実は同じ消費サイクルを推進している人々の姿を揶揄しています。

結論

アレックスの物語を通じて、私たちは現代社会の矛盾と闇を見ることができます。ポイントを追い求めることで一時的な満足は得られても、真の幸せや満足は物質ではなく、人間関係や愛情の中にあるのです。しかし、現代社会の皮肉は、この真実を知りながらも、私たちは依然として消費の渦中で足掻いていることに他なりません。

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