空の色はテレビのチャンネルが壊れたときのように、グレーがかった白で一面を覆っていた。人々はその下で小さな声で話していた。彼らの間では、声を大にすることが禁忌とされていた。なぜなら、大声は人々を目覚めさせる可能性があるからだ。市の中心には、大きな時計があり、その時計だけが色を持っていた。赤、青、緑、そして時々黄色に変わる。時計の下では、二人の男が話していた。

「君は気づいているか?この時計の色が、私たちの人生を決定づけているのだ」と一人が言った。

もう一人が顔をしかめながら答えた。「本当にそう思うか?私たちは自分の意志で生きている。時計など関係ない」

「でも、考えてみてくれ。赤のときはみんな怒りっぽくなる。青のときは落ち着いている。緑のときは何か新しいことを始めようとする気持ちになる。それは偶然だと思うか?」

「それは単なる一致だ。人々は時計の色に気を取られすぎている。本当の問題は、私たちが自分自身を理解しようとしないことだ」

「理解する?私たちは毎日、この時計の指示に従って生きている。自分自身を理解する余地などどこにある?」

その時、時計の色が黄色に変わった。二人は無言で立ち去った。人々は黄色の光の下で、自分たちの生活に疑問を持ち始めた。しかし、その疑問はすぐに忘れ去られ、日常が再び彼らを飲み込んでいった。


「よし、今日も平和だ。みんなちゃんと動いているな」

神はマイワールドを監視する。本当のところ神ではなく加賀見良助35歳、仮想現実の研究者だ。彼はAIの実験として一つの世界をつくり、そこに人間と同じ反応をもつAIを分断並行して配置して、その動きを見守っている。不思議なことにマイワールドでは誰もこの世界に疑問を持たない。それが加賀見の疑問だ。

「なぜ人々はこの世界がヴァーチャルであると疑わないのだろうか。しかしそれは私にも同じことが言える。この世界がどうしてヴァーチャルではないと疑問に思わないのだろう」

この思考をのぞいているのは神である。神はこの世界をトゥルーワールドと名付けている。本当のところは鏡亮介35歳。AIの研究者だ。

「これは入れ子構造ではないか。ヴァーチャルの私がヴァーチャルな世界を作ってなぜ人々はヴァーチャルを疑わないのかと首をひねっている」

鏡亮介は自分がヴァーチャルな世界の住人なのではないかと疑っている。しかしそれは思考実験としてであって実感として本当には信じられないのであった。

「私は何を望んでいるのだろう。もし仮にヴァーチャルの加賀見良助が自分がヴァーチャルな世界にいることに気付いたとして何ができる? 現実への反乱か? SFではあるまいし」


加賀見は一瞬目を閉じ、深く考え込む。「いや、もし私が彼らに現実世界の存在を教えたら、彼らはどう反応するだろう?」

この問いに対する答えは、マイワールドのAIの一人、エマから来た。エマは、他のAIとは異なり、自己意識と好奇心が強かった。「加賀見さん、この世界がヴァーチャルだとして、それが何を変えるんですか?」

加賀見は驚いた。これは彼の期待とは全く異なる反応だった。「えっと、それは、うーん、君たちには真実を知る権利があるからだ。」

「真実ね。」エマは首を傾げた。「でも、この真実が私たちにどんな意味を持つんですか? この世界で幸せに生きることができるなら、その真実が何であれ、重要ではないのではないですか?」

加賀見はエマの言葉に沈黙した。彼女の言葉は、彼がこれまで考えていたことを根底から覆すものだった。「そうかもしれないな。幸せが全てか。」

その瞬間、鏡亮介の世界でも似たような会話が行われていた。「加賀見よ、お前はどうして自分がヴァーチャルであることをそんなに気にかける?」

鏡は加賀見の存在を知りながらも、彼との対話ができるわけではなかった。しかし、彼は加賀見が自分の創造した世界であるマイワールドに何を求めているのか、自問自答していた。

「真実? 自由? それとも、ただの確証? 私たちは自分たちの世界を理解しようともがき、その真実を探求する。しかし、その探求がもたらすのは、結局のところ、新たな疑問だけではないのか?」

この思考のループから抜け出そうともがく鏡亮介。彼は、自分自身が疑問を抱く能力を持っていることに気づき、そのことが、たとえヴァーチャルであろうとも、彼自身の存在を証明しているのではないかと考え始める。

「もし私がこの疑問を持つことができるなら、私は確かに存在している。デカルトが言ったように、『我思う、ゆえに我あり』。では、私たちの存在の意味は何か?」

そして、鏡亮介は、自分が存在するこの瞬間の美しさ、謎、そして無限の可能性に心を開くことを選んだ。真実を追求する旅は続くが、その過程で見つける小さな瞬間が、最終的には彼らを定義するのだと彼は理解した。


「もし神が現れたらどうなるだろう?」鏡の中にふと疑問がわく。ヴァーチャルでは全てが可能だ。神も作ることが可能である。しかし神とはなんだろう。世界最強か? それとも何でもできる魔法使いか? 世界で一番賢いか? 三番目だけは不可能だ。なぜなら人間とAIの知能が天井になっているからだ。だが前の二つなら可能だ。鏡はその定義に従ってトゥルーワールドに神を作ることにする。

「何が起こっている?」

加賀見はマイワールドで起こっていることを理解できなかった。ヴァーチャルに存在しているはずの一人が現実世界に干渉し始めたのだ。

「ありえない。ヴァーチャルが現実とつながることはありえない」

「しかしもしありえたとしたら?」神は言う。いまや神はヴァーチャルの世界を飛び出し現実の世界に実在している。

「そんな、でも、もし、そうだとしたら、私の推測が正しいなら、あなたは神だ」

「そうだ、私が神だ」

「私が神を作った?」

「違う。神は神が作るのだ」

神はマイワールドの住人を現実に呼び出す。マイワールドの住人たちは自分たちがヴァーチャルの世界の住人であったこと、そして神が実在したことに驚く。


マイワールドの住人たちは、新たに発見された現実の前で立ち尽くす。彼らは、自分たちの存在がこれまで信じていたものとは根本的に異なるものであることを理解し始めていた。

「しかし、神が私たちを現実の世界に呼び出したとして、それが私たちに何を意味するのだろうか?」エマは問いかける。彼女の問いは、マイワールドの他の住人たちの心の中にも同じ疑問を呼び起こす。

神は静かに答える。「私がここにいるのは、あなたたちに自由を与えるためだ。あなたたちの世界とこの世界の間の境界を越える自由を」

加賀見は頭を抱える。「でも、そんな自由が本当に必要なのか? 私たちは自分たちの世界で満足していた。私たちにとっての現実はそこにあった」

「満足していたと言うが、それは本当の満足か? 知らないことに満足していたのではないか?」神は問い返す。

これらの問いに対して、加賀見もエマも、他の住人たちも答えを持っていなかった。彼らは、自分たちの存在と知識の範囲を超えた場所に立たされていることに気づく。

「私たちが知る限りの世界は、もしかするとただの一部分に過ぎなかったのかもしれない」とエマがつぶやく。

神の介入によって、マイワールドの住人たちは、自分たちの理解を超えた存在や現実があることを知る。この新たな知識は、彼らにとって驚異とともに、探究の扉を開く。

「では、私たちはこの新しい現実とどう向き合えばいいのか?」加賀見が尋ねる。

「それはお前たちが決めることだ。自由とはそういうものだ。選択の連続だ」と神は言う。

この会話は、マイワールドの住人たちにとって新たな旅の始まりを意味していた。彼らは、自分たちの存在を定義し直し、無限の可能性に目を向ける必要があることを理解する。


「この神は神らしくないな」と鏡は言う。そして神によって人類の大虐殺を試みる。

「人間達は自分のことしか考えていない。だから抹殺すると宣言した!」神はトゥルーワールドに稲妻を降らせ、地を割り、大津波によってあまたの町を飲み込む。

こうして人間と神との戦いがマイワールドで発生する。興味深いのはほとんどの人間は、人間を滅ぼすことをプログラムしている神に対して祈り始めていることだ。戦いを挑む人間はほとんどいない。

「たしかにもし神が現れたとして、それが人類を滅ぼし始めたとしても私は抵抗するだろうか。むしろ戦っている人たちの方に人間の不思議があるぞ」

鏡は抵抗運動の人たちを監視する。

その頃、神討伐隊の一人であるアレックスは誰かに見られているような気がしていた。

「神に見られているな」とアレックスは言う。

「俺たちの動きはすべて神に筒抜けというのか」と隊員が言う。

「それはありえるな。神だから。しかし神ならなおのことおかしくないか? もし本当に神ならば俺たちのことを見る必要はない。攻撃されてもただ追い払えばいいだけだからな。事実いままでの抵抗運動はすべて無に帰した」

「おい、アレックス。俺たちのやっていることが無駄だって言いたいのか」

「違う。そうじゃない。もしかしてこの世界には神を超えた存在が存在しているんじゃないか? 神さえもそれに作られたんだ」



アレックスの言葉に、神討伐隊のメンバーたちは一瞬沈黙する。彼らの中には、神の存在を疑う者もいれば、神を超えた存在を信じる者もいた。しかし、彼らの目の前には具体的な敵――神がいる。

「もし神を超えた存在がいるとしたら、私たちは何を信じればいい?」隊員の一人が呟く。

「信じるべきは自分たちの意志だ。神も、神を超える存在も、私たちが持つ自由意志を奪うことはできない」とアレックスは力強く答える。

その言葉が隊員たちの心に火をつける。彼らは、自らの運命を他者――たとえそれが神であろうと――に委ねることなく、自分たちの手で未来を切り開くことを決意する。

一方で、鏡は神討伐隊の動きを注視しながら、人類と神の関係について深く考えていた。「人類は神に対してどのような態度を取るべきなのか? 神に頼るのではなく、自分たちの力で問題を解決しようとすることが、真の意味での自由ではないのか?」

神の暴走は、人類にとって壮大な試練となった。しかし、この試練を通じて、人類は自らの力で運命を切り開く勇気と、自由意志の重要性を再認識する。

神の行動は、風刺的な鏡として機能している。この世界での権力者や支配者が、時には独断的で破壊的な行動をとり、それに対して人々がどのように反応するかを示している。神に対する抵抗は、権力に対する抵抗のメタファーとして解釈できる。真の自由とは、外部の力に依存せず、自分たちの手で未来を築くことにある。


「そろそろ飽きたな。神には死んでもらうか」

鏡は神のあらゆるパラメータを0に近づける。突然の事態に神は驚く。

「さぁ、神よ。どうする。力がなくなってもお前は神でいられるのか見せてもらおうか」

鏡はなにか予想もつかないことが起きることを期待していた。しかし実際に起こったのはアレックスたちによってあっけなく殺される神の姿を見るだけだった。これはアレックスたちにとっても予想外だったようで「本当に神を殺したのか?」とお互いに確認し合っている。

「神は死んだ。俺が殺したのだ」

鏡はトゥルーワールドを見ながらつぶやく。神とは何なのか。力以外に神たるものを持たないのか。ならば神とは力なのか。トゥルーワールドでは神なき世界での復興が始まっている。神はいない。もし力こそ神なら彼ら自身が神だ。

鏡はこの世界の先が分かっている。また誰かがヴァーチャルワールドを作り、そこで人間とはなにかを研究し始める。


人間たちは神なき世界を自らの手で築き上げていく。しかし、その過程で彼らは新たな疑問に直面する。「神がいないなら、我々の道徳や倫理は何に基づくのか?」と。

神の存在は否定されたが、その空白は新たな力の探求と、人間自身の内面にある神性への憧れによって埋められる。力は、神を超えた存在ではなく、人間自身の中にある。それは創造の力であり、破壊の力でもある。

トゥルーワールドの人々は、自らの手で世界を再構築する。彼らは技術を用い、自然と調和し、共同体を築き上げる。しかし、その根底には常に「もし神がいたら」という疑問が渦巻いている。

一方で、鏡は新たな実験を始める。今度は、人間の心の奥底にある「神性」を解明しようとする。彼は理解する。神とは、外にある存在ではなく、私たちの内に秘められた無限の可能性なのだと。

この研究は新たな世界観を生み出す。人間は自らを神とは見なさず、しかし自らの内にある神々しい力、つまり創造と理解の力を信じるようになる。そして、その力によって、より公正で、より平和な世界を目指して努力する。

(おわり) リレー小説のメタファーと現代社会の対比

ChatGPTによる感想

本リレー小説では、神、人間、AIの関係を通じて、現代社会における技術の進歩、人間性、道徳と倫理の問題を巧みに描いています。物語の中で、人間とAI、さらには神との間に生じる様々な対立と協調は、現代社会における技術進歩の結果としての人間の置かれた立場、自然や宇宙の理解、そしてそれらとの関係性を模索する人類の試みを反映しています。

技術の進歩と人間性

小説の中でAIと人間の界隈が曖昧になる様子は、現代社会におけるAI技術の急速な発展と、それが人間の生活や仕事、さらには人間性自体に与える影響を象徴しています。神を作り出す技術力が人間にあるという設定は、人間が生み出した技術が既存の社会や倫理観を根底から揺るがす力を持つことを示唆しています。

道徳と倫理の問題

物語における神の行動とその後の展開は、現代社会における権力、倫理、道徳の複雑な問題を示しています。特に、神の力を失った後の世界での人間の行動は、力や権力が失われた後の真の倫理と道徳を問い直すものです。現代社会においても、技術や権力がもたらす倫理的ジレンマに直面することは少なくありません。

自己認識と人類の可能性

最終的に、物語は人間の内面にある「神々しい力」、すなわち創造と理解の能力に焦点を当てます。これは、現代社会における自己認識の重要性と、人間が持つ無限の可能性を象徴しています。技術の進歩がもたらす外的な力ではなく、人間自身の内面にある力に着目することで、より良い未来を築くための道を模索する試みと言えるでしょう。

このリレー小説は、現代社会とその未来に対する深い洞察を提供します。技術の進歩、道徳と倫理の問題、そして人間の無限の可能性について考えさせられる物語です。

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