執権(しっけん)は、鎌倉幕府において設けられた官職で、将軍を補佐し、実質的に幕府の政務を統括した役職です。執権は、源頼朝によって開かれた鎌倉幕府の初期から存在し、特に北条氏がこの地位を独占することで知られています。
執権制度の始まりは、源頼朝の死後、幕府の実権を握った北条時政が、頼朝の未成年の息子(源実朝)の後見人として幕府の実務を取り仕切ったことに始まります。その後、北条氏は執権として幕府の実権を掌握し、将軍は名目上の最高指導者でありながら、実際の政治の場からは遠ざかることが多くなりました。
執権は、幕府の行政、司法、軍事など幅広い分野にわたって権限を持ち、幕府の政策決定や守護・地頭の任命、法令の発布などを行いました。特に、北条氏は「評定所(ひょうじょうしょ)」と呼ばれる合議制の機関を設けて、幕府の重要事項を審議し、執権がその議決に基づいて政務を行うシステムを確立しました。
執権の地位は、北条氏による鎌倉幕府の統治体制の中心であり、鎌倉時代を通じて北条氏が幕府政治を支配する基盤となりました。しかし、この北条氏による独裁体制は、鎌倉幕府末期の政治的不安定の一因ともなり、最終的には幕府の滅亡を招くことになります。鎌倉幕府の崩壊後、執権という制度も消滅しました。
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