太郎は空を見上げるのが好きだった。

「今日の雲、面白い形してるね」と太郎が言った。

友人の花子は首を傾げながら言った。「どれどれ? あ、あの猫みたいな雲?」

「うん、それそれ。でもね、あれを見るといつも思うんだ。空って無限に広がってるようで、実は私たちの心の中にもあるんじゃないかって」

花子は笑いながら言った。「太郎って、いつもそういう夢見がちなこと言うよね。でも、それがいいところだよ」

二人はしばらく空を眺め続けた。太郎がふと言った。「ねえ、花子。もし空を飛べたら、どこに行きたい?」

花子は考え込むように言った。「うーん、難しい質問。でも、多分、まだ見ぬ世界を見てみたいな。例えば、オーロラが見える北の大地とか」

「オーロラかぁ、いいね。二人でオーロラを見に行くのも悪くないな」

「夢のまた夢ね」と花子が笑った。

太郎は真剣な顔で言った。「でも、夢を追いかけるのって大事だよ。今はただの雲を見てるけど、いつか本当に空を飛んで、オーロラを見に行けたらいいな」

花子は太郎の顔を見て、優しく言った。「そうね、太郎となら、どんな夢も叶えられそう」

二人の間には、夢を追いかけることの大切さと、それを共有できる友情が流れていた。

実のところ、これらはすべて花子の夢である。太郎はいないし、なんなら花子も実際の花子とは違う美化された自分だ。しかし花子は夢の自分を本当だと認識していて、現実の自分の方が偽物だと思っている。

「太郎と私が存在しない世界は間違っている」

花子が心の中でいつもつぶやいていることだ。

「そうだね。この世界は間違っている」

太郎はいつも花子を追認する。否定する時でも実はそれは後により大きな承認が待っている。自分で都合の良いことだと分かっているけれど現実よりも正しいこの世界はいつも正しい。

私ってこのままじゃ現実で何もできないんじゃ? ううん、現実で何もできないから夢を見ている。そんなクソみたいな私で良いの? でもクソだから夢をみるんじゃないの?

花子の想像は止まらない。止められない。花子の中で現実は簡単に消えるが、夢は消せないのだ。


「太郎、私たちの世界は本当にここだけなの?」

花子は夢の中で太郎に問いかける。太郎はいつものように笑顔で答える。

「花子、ここが本当の世界だよ。ここにいる私たちは最も本物だ」

二人は夢の中の公園で手をつなぎながら歩く。周りはいつもより鮮やかで、空はもっと青い。

「でも、目を覚ましたら?」

花子の声には不安が滲む。

「大丈夫、目を覚ましたらまたここに戻ってこられる。夢は終わらない」

太郎の言葉はいつも花子を安心させる。

「夢の中でも、夢の外でも、私たちは一緒だよ」

太郎の言葉に花子は微笑む。夢の中の太郎はいつも彼女を支え、現実の厳しさから守ってくれる。

「太郎、ありがとう。あなたがいるから、私は強くいられる」

花子の言葉に太郎は優しく頷く。二人の間に流れる空気は温かく、夢の中の世界はいつも二人を優しく包み込む。

夢の中での会話は、花子にとって現実よりも大切なもの。太郎との会話は彼女の心を満たし、現実の孤独感を癒やしてくれる。夢の中での太郎は、花子にとって最も現実的な存在なのだ。

花子はどうやったら現実を殺せるのか考える。花子に現実は必要ない。むしろ傷つけるだけなので必ず滅ぼさなければならない。

「お姉さん、いいものありますよ」

そう声をかけてきたのは吉田鋼太郎そっくりの男だ。いかにもあやしげな風体だが、そのあやしさが花子の心を掴む。彼は本当に『いいもの』を持っているかもしれない。

「いいものってなに? 麻薬ならいらないよ」

「お姉さんは現実を破壊したいんでしょ? ものすごく強いパワーをもつものがある」

「それってなに?」

「プロトニウム。もちろん廃品の弱いやつじゃなくて本当に核反応が起こせる強力なやつ」

「つまり核爆弾が作れるということ?」

「さぁ、どう使うかはお姉さんしだい。私なら売れる」

「いくら? 受け渡し方法は?」

男は金額と受け渡し方法を花子に話す。花子は現実を破壊できるだけのプロトニウムを買う。

「本当にこれで現実を消せるの?」

花子は男に確認する。男はにっこりと笑って頷く。

「ああ、これがあれば現実なんて簡単に変えられる。ただし、使い方を間違えると自分も消えるから気をつけて」

「わかってる。私には失うものなんてないから」

花子の声は決意に満ちている。男は小さな容器を花子に手渡す。

「これでいいのか? こんな小さなもので?」

「見た目に騙されちゃダメだよ。これがあれば大きな変化を起こせる。ただし、本当にそれでいいのかよく考えて。一度使ったら戻れないからね」

花子は容器を握りしめる。この小さなものが、彼女の望む現実を破壊する鍵なのだ。

「ありがとう。これで私は自由になれる」

花子は男に感謝し、その場を後にする。彼女の心は複雑な感情で満たされていた。現実を変える力を手に入れた喜びと、それを使うことの恐れ。しかし、夢の中の太郎との世界を守るためなら、どんな犠牲も払う覚悟があった。

花子はプロトニウムをどう使うか、深く考え込む。現実を破壊することは、夢の中の幸せを永遠にすること。しかし、その代償は計り知れない。花子の決断が、彼女の運命を大きく左右することになる。

花子は現実を消すことにためらいはなかったが、あることに気付いてからそれをとまどっている。この現実を破壊するだけの力を手に入れた花子は、その事実自体が花子の心に潤いをもたらしている。

「私は現実を破壊したいけれど、もしこの世界を破壊してしまったら、この幸せさえも消えてしまう」

花子はその気になりさえすればいつでも現実そのものを消し飛ばすことができる。だがいまは現実を消したくないのであった。しかし夢もまた捨てられない。

「太郎。どうすればいい?」

「現実も夢も君が思う通りにすればいい。君は自由だ。誰にも止められない」

「私は‥‥‥」

花子はプロトニウムを製造してみんなに配る。それで誰もが自由に世界を破壊できる世界にする。一人一人が世界に責任を持ち、破壊すると同時に作っていくこと。それが花子の夢見た世界だ。誰もが花子になる。

こうして世界にプロトニウムが拡散し、誰もが世界を破滅する力を持った。しかしどういうわけか世界はいまも続いているし、現実はクソで、夢は美しいままだった。

花子の決断は、現実と夢の境界を曖昧にした。彼女は現実を破壊する力を持ちながら、その力を使うことなく、すべての人にその選択を委ねた。花子の行動は、人々に自らの現実と向き合う機会を与えた。

「太郎、みんなが破壊を選ばなかったのはなぜ?」

「人は変化を恐れるものだ。でも、変える力を持っていると知ることで、心に平和を見つけることができるんだ」

太郎の言葉に、花子は深く頷いた。彼女は現実を破壊する代わりに、人々に選択の自由を与えることで、新たな現実を創造したのだ。

花子の物語は、現実と夢の間で揺れ動く一人の女性の葛藤と決断を描いたものだ。彼女は最終的に、破壊ではなく共存の道を選び、それが彼女にとっての真の解放となった。

花子の選択がもたらした影響は、これからも多くの人々の心に響き続けるだろう。夢と現実、破壊と創造、自由と責任。花子はこれらすべてを経験し、最終的には調和を見出した。

(おわり)