金が欲しい。ただそれだけだ。

「またそんなこと言って。本当に金だけ?」隣でトムが笑いながら言う。

「ああ、金さ。金があれば何でもできるんだよ。」カウンターに肘をつきながら、俺はバーテンダーにもう一杯を指差す。

「君はいつもそうだね。でも、金が全てだと思っていると痛い目に遭うよ。」バーテンダーがニヤリと笑いながら、グラスを満たす。

「痛い目って?」トムが興味津々で尋ねる。

「例えばね、このバーの前の主。彼も金に目がくらんで、最後は…」バーテンダーの言葉が途切れる。

「最後はどうなったんだ?」俺が問い返す。

「彼の欲望が彼を飲み込んだんだ。友情も信頼も、最終的には自分自身さえも失ってしまった。」バーテンダーが淡々と語る。

「怖い話だな。」トムが顔をしかめる。

「でも、俺は違う。上手くやるさ。」俺は自信満々に言い放つ。

「そうかい?君のその自信、どこから来るんだい?」バーテンダーが問う。

「計画からさ。しっかりとした計画があれば、リスクは最小限に抑えられる。」俺はグラスを傾けながら答える。

「計画か…。でも、計画通りにいかないことの方が多いのが人生さ。」バーテンダーが哀愁を帯びた声で言う。

「それでも、試さなきゃ分からないだろ?」俺は立ち上がり、トムに向き直る。「行くぞ、トム。今夜が俺たちの大きな一歩になる。」

「本当に大丈夫かい?」トムが不安げに尋ねる。

「大丈夫だって。信じてくれ。」俺はトムの肩を叩き、バーを後にする。

外に出ると、夜の街が俺たちを待っている。金を求める旅は始まったばかりだ。

 銀行を襲うか? ダメだ。銀行は警備が厳重だし防犯体制もしっかりしている。司法省略で射殺されるのがオチだ。

「なぁ、よう。いつまで歩くんだ」

しびれを切らしたトムが声を上げる。

「別についてこなくたっていいんだぜ。俺一人でやる」

「つれないこと言うなよ。儲けは半々」

「考えるのは俺だぜ。それで半々は儲けすぎだ」

「いままでそうやってきたじゃねぇか」

 トムがすがりついてくる。一人では何もできない男だ。

「どうした?」トムが俺の顔を覗き込む。笑われたと思ったのだろう。たしかに笑ってはいたが良いアイデアを思い付いたからだ。

「マックへいくぞ」

「仕事の前に腹ごしらえか? 俺はバーで食ったんだがな」

「違う。マックを襲うんだ」

「なに言ってんだ。あんなところに金なんてねぇよ」

「バカ。考えてみろ。あそこは一日に何個バーガーを売る? 現金もたんまりあるはずだ。それにマックに警察はいない」

「さすがだ。いこうぜ」

 俺とトムは夜のマックを目指して歩く。

 マックに着くと、店内は思ったよりも賑わっていた。家族連れや若者のグループが夜遅くまで食事を楽しんでいる。

「こんなに人がいるとはな。」トムが小声でつぶやく。

「人が多いほうがいい。目立たない。」俺は冷静に分析する。

店内に入り、俺たちは列に並ぶふりをしてレジの様子を伺う。レジ係は若い女性で、忙しそうにお金を受け取り、お釣りを渡している。

「あいつだ。」トムがレジ係を指さす。

「うるさい。バレたいのか?」俺はトムをたしなめる。

列が進み、ついに俺たちの番が来る。俺はレジ係に向かってにっこりと笑みを浮かべる。

「こんばんは。大変ですが、ちょっとお願いがあるんです。」俺は声を低くして言う。

レジ係の女性は戸惑いながらも、「はい、何でしょうか?」と答える。

「これを見てください。」俺はジャケットの内側から何かを取り出すふりをして、手を添える。「静かにお金をこちらに移してください。騒ぎを起こしたくないので、協力してもらえると助かります。」

女性の目が大きく見開かれる。恐怖で声も出ないようだ。

「大丈夫ですよ。誰にも怪我はさせません。早くしてくれれば、それで終わりです。」俺は落ち着いた声で言い聞かせる。

トムは周りを警戒しながら、俺の行動を見守る。レジ係は震える手でレジの引き出しからお金を取り出し、俺が差し出した袋に入れ始める。

「ありがとう。これで終わりです。誰にも何も言わないでくださいね。」俺は女性に微笑みかけ、トムと共に店を後にする。

外に出ると、俺たちは速足でその場を離れる。背後には何事もなかったかのように賑わうマックの光が遠ざかっていく。

「やったな。」トムが興奮気味に言う。

「うるさい。まだ安心するな。」俺は周囲を警戒しながら言う。

夜の街を抜け、俺たちは人目を避けながら隠れ家に戻る。計画は成功した。しかし、この先に待ち受けるものはまだ分からない。
 俺達が隠れ家に戻るとさっそくドアを叩く音がした。警察にしては早すぎる。俺はトムと目を合わせる。ドアのノックは続いている。

「分かった。開けるからちょっと待ってくれ」

 俺が声を上げるとノックは止んだ。警察ではないらしい。奴らならドアが壊れるまでノックを続けるはずだ。

「誰だと思う?」と俺は言う。

「しらねぇ。ここに来てからすぐだ。警察でもないだろうし、マックの店員でもないだろう」

「偶然時間が重なったというわけか。しかし俺達の隠れ家に、しかもこんな時間に来るなんておかしすぎるな。バット持っとけ」

 俺がドアへ向かうとトムはおびえた表情でバットを握りしめる。こいつはビビって戦えない。だが体は大きいので事情を知らない奴なら威圧感を与えるかもしれない。

 俺はドアを開ける。

「まったく何をしておるのだ。年寄りを待たせおって」

 ドアの向こうには老人が経っている。白いスーツに、撫でつけた白い髪。大きなメガネ。だがこれは‥‥‥

「あんたケンタッキーじゃないか」

「そうだ。わしはカーネル・サンダースだ。あらゆるケンタッキーの前に立っておる」

「でもあれは人形だぜ」

「わしが人形に見えるかね?」

「いや、人間に見える。ただ‥‥‥カーネル・サンダースって、そういう名前?」

「違う。わしはカーネル・サンダース。君たちがよくしっておるケンタッキーのおじさんだ。他のサンダースは店の前に立っていなきゃならんから、こうしてわしが君たちのところへ自分の足で来たというわけだ」

俺とトムは顔を合わせる。どうも話がおかしい。俺たちを捕まえに来たわけではない、しかしフライドチキン屋のおっさんが俺たちに何の用があるのか。

「実はいまここで起こっているのは小説なのだ。君たちがいつも金に困っておるのも、違法な手段で金を得るのもすべては小説のため。今日の小説は村上春樹からパクった。パクったのは牛野小雪という小説家で、いうなれば君たちの神だ」

カーネル・サンダースの言葉に、俺もトムも唖然とする。小説の中で生きている? 神って牛野小雪?

「待てよ、何でフライドチキン屋のおっさんがそんなことを知ってるんだ?」トムが疑問を投げかける。

カーネル・サンダースは微笑みながら答える。「わしはただのフライドチキン屋のおっさんではない。この物語の中では、あらゆる情報を持つ案内人のようなものだ。そして今、わしは君たちに重要なメッセージを伝えに来た」

「メッセージ?」俺が尋ねる。

「そうだ。君たちの行動はすべて物語を形作っておる。しかし、物語には常に選択が伴う。今夜、マックを襲ったことで、君たちはある分岐点に立っておる。このままでは、物語は暗い方向へ進むかもしれん」

「暗い方向って?」トムが怯えた声で言う。

「失敗と後悔、そして破滅だ。しかし、まだ遅くはない。君たちには選択がある。今夜の行動を反省し、正しい道を選ぶことだ」

俺とトムは沈黙する。カーネル・サンダースの言葉が重くのしかかる。

「どうすればいい?」俺がようやく口を開く。

「まずは、今夜得た金を返すことから始めよ。そして、これからは正直な手段で生きていくことだ。物語はまだ終わっておらん。君たちの選択次第で、全く違う結末を迎えることも可能だ」

カーネル・サンダースはそう言い残すと、静かに去っていった。俺とトムはしばらく言葉を失う。

「どうする?」トムが小さな声で言う。

俺は深く息を吸い込む。「分かった。やり直そう。今回のことは、大きな間違いだった」

俺たちはその夜、マックに戻り、盗んだ金を返すことにした。物語はまだ続いている。俺たちの選択が、これからのページを塗り替える。


「本当に返すのか?」とトム。

「分からん。だが俺はあのおっさんを見た時に人生を変えなきゃいけない時が来たって分かったんだ」

「もしサツに通報されたら?」

「逃げる」

「マックで待ってるかも」

 俺とトムはそれでもマックへ行く。まずは様子をうかがう。警察官の姿は見えない。俺はレジへ向かう。彼女は俺を憶えているようだ。

「やぁ。また会ったね」

 彼女は表情を硬くして、小さく震えている。

「間違いがあった。いまさら言うのも何だが悪いことをした。だからこの金は返す」

 俺はレジに金を置く。バーガーを買うには多すぎる金で、隣のレジで注文している男が俺の顔を見る。

「これで今日のことがなかったことになるわけじゃない。でも、そうだな。もしよかったら通報するのは俺が出て行ってからにしてほしい」

 俺が回れ右をしてマックを出て行こうとすると「待って」と呼び止められる。やはりサツに突き出すつもりか?

「スタッフが足りないの。今日だけって意味じゃなくてここ最近ずっと」

「それって俺にここで働けって意味か? あんなことをしたのに?」

「こんなことを言うと変かもしれないけれど、今日の朝にどう見てもカーネル・サンダースにしか見えないおじさんがきて、この店を救う救世主が現れるって言った。頭がおかしい人だと思ったけれど、もしかしてって、でももう夜だし、あんなおじさんを信じた私がバカだって思ってたら、あなたが現れた。たぶんあなたがそうなんじゃないかなって」

 あのじいさんここにも来ていたのか。

「わかった。働くよ。これもカーネルサンダースのお導きってやつか」

 そう言った俺自身が信じられなかったし、彼女も信じられないという顔をしていた。でも、事実はそうなのだ。俺は金を盗みに入ったマックでいまは働いている。トムも一緒だ。汚い仕事からは足を洗って、いまはまっとうに働いている。

 これも小説なんだろうか。マックで働く俺が物語になる? とても信じられない。でもドラマチックな展開だったのは確かだ。俺は俺の小説を生きていくんだろうな。どんな小説なのかまたサンダースのおっさんに聞いてみたいよ。

(おわり)