「時間が戻っている!」誰かが叫んだ。しかし、それは間違いだった。時間は戻っていない。ただ、町の人々が逆に歩き始めただけだった。
その町では、魚が空を泳ぎ、猫が言葉を話す。昨日は明日で、今日は昨日だ。誰もがその不条理に慣れ、不思議に思わなくなった。
ある日、町に一人の旅人がやってきた。彼は普通の町で育ち、普通の論理で生きてきた。だから、この町の不条理に戸惑った。ピアノが蝶に変わることも、時間の逆行も、彼には理解不能だった。
旅人は町の図書館に行った。そこには、本が自らページをめくり、物語を語り始める。彼は一冊の本を手に取ると、本が話し始めた。
「私はかつて海を渡り、星と踊った。私のページには、無限の物語がある。君が求める答えも、ここにあるかもしれない。」
旅人は困惑しつつも、本の言葉に耳を傾けた。そして、町の秘密を知るために、その奇妙な物語に飛び込んだ。
「なんだこのめちゃくちゃな物語は面白過ぎる」
旅人は脳をビンビンに刺激されて笑いが止まらない。お固い常識が破壊されてインスピレーションが湧いてくる。
「いらっしゃい。鮭の塩焼きはどうだい?」
そう言ったのは空を泳ぐマグロだ。
「食べさせてもらおうか」
旅人がそう言うなりマグロは瞬時に鮭の切り身とお皿に変わった。鮭は湯気が立っていて熱々だ。
ハフ、ハフ・・・・・うまい!
「にゃ~ん、ごろにゃ~ん」
猫が男のすねに頭を擦りつけてくる
「きみは何に変化するんだい?」
男の言葉に猫は答える。
「むしろ君が変化するんだよ」
旅人はいつの間にか自分が犬になっていることに気付いた。
旅人が犬になったことに気付いた瞬間、彼の感覚は一変した。鼻が敏感になり、町の匂いが全く新しいものに感じられた。彼は四足で歩き始め、世界を全く違う角度から見ることになった。町はますます奇妙なものになっていった。空にはピアノが浮かび、時には魚が雲の中を泳ぎ、ビルの壁が突然ゼリーのように揺れ動く。
「これが本当の自由かもしれない」と旅人は思った。彼はもはや旅人ではなく、自由を満喫する犬だった。彼は猫に話しかける。
「君たちには不思議な力があるんだね。」
猫はにやりと笑って言った。
「この町では、想像力が現実になるんだよ。思い描いたことが、すぐに現実になる。」
旅人はそれを聞いて、目を輝かせた。彼は空を飛んでみたいと思い、次の瞬間、彼は鳥に変わった。彼は空を自由に飛び回り、町を上空から眺めた。
町はまるで大きなカーニバルのようだった。色とりどりの建物、奇妙な生き物たち、そして不思議な現象。全てが彼を歓迎しているかのようだった。
一人の男が町を訪れる。
「どうやら奇天烈な噂は本当だったようだな」
マグロが男を出迎える。
「君は何になりたい?」
「何物にもなりたくないが秘密は知りたい。なぜここでは想像が現実になる?」
マグロは逃げようとするが男はしっぽを掴んでいた。
「逃がさんぞ、あやかしども。またぞろ人間をだましてその魂をすすっているのだろうが私が来たからにはそうはいかん」
「やめて。私は人間なんです」
「ならば元に戻ってみろ」
マグロは人間の姿になった。しかし足にヒレが生えている。
「違うんです。今度はちゃんとします」
「いい。どちらにせよ、もう人間には戻れん」
男は背負っていたショットガンを構えるとマグロだった人間に12ゲージのショットシェルを撃ち込む。マグロの体が白い煙になって空へ散っていく。どうやらあやかしだったようだ。
その男は町の秩序を守るためにやってきたのだった。彼は町の異変に気付き、その謎を解明しようとしていた。男は深い瞑想を始め、町の本質を探った。
すると、町は突然変わり始めた。建物が光り輝き、道路が透明になり、空中には色とりどりの光の帯が現れた。男はこの町が、実は別の次元に存在する魔法の町であることを悟った。
「ここは想像が形になる場所...」男はつぶやいた。「だから、どんな奇妙なことも起こり得るのだ。」
男は町の中心へと歩き始めた。彼の足元では、道が自在に形を変え、彼を導いていった。町の中心には、巨大な光の柱がそびえ立っていた。
男は光の柱の前で立ち止まり、深く目を閉じた。彼は心の中で問いかけた。「この町の真実は何か?」
すると、光の柱が答えた。
「この町は、無限の想像力を持つ者たちが集う場所。ここでは、思い描いたものが現実となる。だが、その力には責任が伴う。」
男は目を開け、町を見渡した。彼はこの町の可能性を理解し、その力を尊重することを誓った。
男は一人の男を願う。いつかその顔に弾丸を打ち込むことを願っている男。しかし目的の男は現れない。ここでは何者にもなれるが何でも叶うわけではないのだ。
男は注意深く、新しい銃と弾を想像する。するとそれは男の手にいつの間にか握られていた。
「用心しなければならない。あやかしはこうやって人の魂を食らうのだ。この銃と弾もタダでは手に入らない」
男はショットガンを背負い、新しい銃を握る。それは大口径の拳銃だが銃身は軽いのに頑丈さもある理想的な銃だ。
道の先に赤いドレスを着た美女が立っている。
「お兄さん、いらっしゃい。この町ははじめて?」
「ああ、赤い目の男を知らないか。そいつが口にする言葉は大したことがないようなのに何故か耳を傾けたくなるような響きがある。見た目もどこにでもいるようなのに目が離せなくなる」
「前に見たことがある」
「どこで」
「この先にある社交場で」
やはりあの男がいたのだ。そして俺を待っているはずだ。この町は罠だろう。
男は試しに目的の男の死を願う。しかし何も起こらない。術師が死ねば魔力は消えるので死の呪いはこの町では無効だ。
魔術士にも弱点がある。それは魔法が対象を選べないということだ。もし願っただけで死を与えられる世界なら魔術師自身にもその呪いがかかってしまう。いまさらそんな欠陥のある魔法を使うはずがないかと男は笑う。
男は社交場へと足を運んだ。町の中心から少し離れた場所にあるその社交場は、華やかな灯りと音楽で溢れていた。男はその中に入り、赤い目の男を探し始めた。
社交場は様々な人々で賑わっていた。踊る人、笑う人、そして夢中で話す人々。男は人々の間を縫うように進み、目的の男を探した。
やがて、男は赤い目を持つ人物を見つけた。彼は一角に座り、何かをじっと見つめていた。男は近づき、彼の前に立った。
「お前が赤い目の男か。」
「そうだ。何の用だ?」
男は拳銃を取り出し、赤い目の男に向けた。
「お前はこの町の真実を知っている。何者だ?」
赤い目の男は静かに笑い、答えた。
「私はただの観察者だ。この町の秘密は、各人の心の中にある。」
「それはどういう意味だ?」
「この町は、訪れる者の心を映し出す鏡のようなものだ。各人が持つ願いや恐れが、現実となって現れる。だが、それは必ずしも良い結果をもたらすわけではない。」
男は考え込んだ。赤い目の男の言葉は、この町の不思議な現象を説明しているようだった。
「では、この町をどうすればいい?」
「その答えは、各人が自分自身で見つけなければならない。」
男は拳銃を下ろし、深く考え込んだ。この町は、ただの場所ではなく、訪れる者の心を映し出す魔法の町だったのだ。
男は社交場へ向かうと、そこで赤い目をした男を見つけた。その男は何かを企んでいるようだった。男は警戒しながらも、赤い目の男に近づいた。
「君が探している男は私だろう。」赤い目の男は微笑んで言った。「しかし、私を倒すことはできない。」
男は拳銃を構えた。「試してみようじゃないか。」
赤い目の男はただ立っているだけで、何の動作も見せなかった。男は引き金を引くと、弾丸が赤い目の男を貫いた。しかし、男は消えずにそこに立ち続けた。
「不思議に思うだろう。私はこの町の創造者だ。私の想像力がこの町を作り、維持している。私が消えれば、この町も消える。」
男は理解した。赤い目の男は、この町の全てを支配していたのだ。だが、男は諦めなかった。
「ならば、お前の想像力を奪えばいい。」
男は目を閉じ、集中した。彼は赤い目の男の想像力を奪うことを願った。すると、赤い目の男の表情が変わり、彼は弱っていくようだった。
「何を...」赤い目の男は驚いた。「お前は...」
男は拳銃を構え、もう一度引き金を引いた。今度は赤い目の男は消え、町は通常の町に戻った。奇天烈な現象はなくなり、町は平穏を取り戻した。
「ここは?」
男の足元にはすっかり弱り切った男が倒れている。離れた場所にもたくさんの男女が倒れている。
「長い夢を見ていたんだろう。現実にあることと思うか?」
「とても楽しい時間だった」
「自分の顔を鏡で見てみるがいい」
「あなたは?」
「魔術と現実をあるべき世界に戻すために旅をしている」
「魔術士か。もう100年は通ったことはないと聞いたが。なるほどなぁ」
男は町を後にする。さっき倒した赤い目の男は本体ではない。自分が赤目の男と思い込まされていただけだ。本人ならあんな簡単な魔術にかかるはずがない。
「ルナシロゥ必ず殺してやる」
男がつぶやくとどこからか声がする。
「お前の望みに永遠あれ」
男はその声を否定して、荒野へ続く道へ足を進める。
(おわり)
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