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クロスケは金目の黒猫。母上や兄弟達と違って頭から爪先まで黒い。
ある日突然主さんに捨てられたが、偶然そこを通りかかった真論君に拾われる。
名前はミータンに変わり、首には赤い首輪が付いた。エサは毎日くれるがカツオブシはケチり気味のようだ。
しばらく真論君家の猫として暮らしていたが、それにも飽きて家を抜け出したある日、ミータンは隣の家で飼われているサバ猫のサバトンさんに導かれて家の裏山で開かれている猫の集会へ行き、そこで新たな猫達と出会う。


他の小説と何が違うか
『真論君家の猫』が他の小説と異なる点は、その独特な視点とテーマにあります。主に以下の三つの要素が際立っています。

1. 猫視点の深い描写
物語は猫の視点で描かれています。主人公である「ミータン」が、自分の世界をどのように感じ、考え、成長していくかが、非常に詳細かつ感情的に描かれています。特に、猫が抱える小さな疑問や不安、他者との関わり方が、リアルに反映されています。猫の独特な視点が人間社会や日常を新鮮に描き出しており、読者にとって新しい視点から世界を再発見する機会を提供しています。

2. 擬人化しすぎないリアリズム
擬人化された猫が主人公ではありますが、この小説はあくまで「猫」としてのリアリティを強調しています。たとえば、猫特有の行動や思考が、擬人化しすぎず、自然な形で物語に組み込まれています。これにより、ファンタジー的な要素がありながらも、現実感を失わないバランスが取られています。

3. 感情的で哲学的なテーマ
猫たちの生活を通じて、人生や社会に対する洞察が描かれています。特に「存在の価値」や「居場所」というテーマが強く表現されており、猫の視点を借りて、人間社会や人間関係に対する深い洞察がなされています。主人公ミータンが、新しい環境での適応や、過去の猫との対比を通じて、自身の存在意義を見つけていく過程は、哲学的でありながら感情的な共鳴を生み出します。

これらの要素により、『真論君家の猫』は、ただの動物物語ではなく、より深い意味合いを持つ作品となっています。

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レビュー

試し読み


1 吾輩とはどんな猫?


 どんなものにも抜け道はある。法律、税金、就職活動。

 ぼくは家の外に出る抜け道を見つけた。猫でなければ通れないような小さな穴だ。もちろんどこにあるのかは秘密である。ぼくはその穴を通って家の外に出た。

 真論君家のすぐ後ろには山があった。それとは逆に家の前には道路があって、一段低い場所に畑が広がっていた。そこで真論君の父上と母上が腰を屈めている。そのさらに遠くには家が立並んだ場所があり、どうも一日では回りきれない広さだった。

 その日は家の周りを歩いているだけで一日が潰れた。真論君が学校から帰ってきたので、ぼくは家の中に戻った。

「ミータン」と真論君が呼んだので、彼の足元に駆け寄った。真論君はぼくを抱き上げてアゴの下を指先で撫でてくれた。頭の中が溶けていく。ノドがゴロゴロと鳴る。

 一通り撫で終わると、真論君はチカチカ光る板3を一心不乱に見つめ始めた。相手をしてくれないので「みゃあ、みゃあ」鳴いてみたが何の反応もない。どうやらあの光る板を見ていると耳が聞こえなくなるようだ。それならと彼の膝におでこや胴体を擦りつけてみると「いまちょっと忙しいから」とぼくを脇にどけた。

 母上は「もうやめなさい。馬鹿になるわよ」と言ったが全くその通りだ。口を半開きにして画面を見つめる彼の顔を見れば一目瞭然だ。彼の将来のために良くないことは明白で、このままでは目と耳をあの板に奪われてしまうだろう。頭の中まで駄目になる前に、今すぐ打ち壊してしまうのが正解だ。

「違うよ。本を読んでいるんだよ」

 真論君はそう言ったが、母上は「嘘おっしゃい。本なんか開いていないじゃない」と言った。

「母さん、古いよ。今じゃこれで本が読める時代なんだ。紙の本は教科書だけさ。あ~あ、教科書も電子化されたら良いのに」

「古くても何でも良いから、もうやめなさい。宿題はしたの? お父さんに言うわよ」

「はいはい」

 真論君はそう言って自分の部屋に戻ると宿題に取りかかった。さっきとはうって変わって向こうから遊ぼうとしてくるし、頼んでもいないのに撫でてくる。宿題という物が何かは分からなかったが、何も進んでいないことは分かった。そうして何もしないまま夕飯の時間になった。

 食事の席で父親は言った。

「宿題は終わったのか」

「やろうとはしたんだけどミータンが邪魔するから全然進まなくて」

 ミータンとはぼくのことだ。とんだとばっちりだと思った。

「飼うのは良いが宿題はしないと駄目だぞ。ミータンはここに置いていきなさい」

「うん」

 猫が人語を話せないのを良いことに勝手な罪を擦りつけられた。「それは違う」と抗議してみたが、猫語は全く通じなかった。

 夕飯が終わると真論君は部屋に戻り、ぼくは父上の膝に置かれた。ぼくはこの家の真の権力者が父上だと見抜いていたので、うっかり粗相をしないように身を静かに保ちながら、一緒にテレビを見ていると「なんだ、この猫。やけに大人しいじゃないか。まるで借りてきた猫だな」と父上が背中を撫でてきた。

 ずいぶん乱暴な撫で方で「みゃあ」と抗議すると、何を勘違いしたのか、父親はぼくが喜んでいるものだと勘違いして「そんなに良いか」と撫で続けてきたのにはまいった。

 酒に酔っぱらった父上の顔は真っ赤に染まっていて、笑うたびに口から臭い息が漏れている。力任せに撫でるので体が回る。頭も回る。生きた心地がしない。上も下も分からないほど揉みくちゃにされていると部屋のドアが開いた。においで真論君だと分かったので、これ幸いと父上から脱出して真論君の膝に座を改めた。

「宿題は終わったのか」と父上が訊くと「うん」とそっけなく真論君は答えた。手にはまたあの光る板を持っていた。

「おい、ゲームもネットも九時以降は禁止だぞ」と父親は言った。

「違うよ。本を読んでいるんだ」

「親は騙(だま)せないぞ。ちょっと見せてみろ」

「だって本当だから」

「エロ本でも読んでるのか?」

「違う!」

 真論君は父上に光る板を渡した。

「あぁ『吾輩は猫である』か。夏目漱石。へえ、こんな物で本が読めるなんて時代も変わったなあ」

「そんな言い方、年寄りみたいだよ」

 そう言って真論君は父上から光る板を取り返した。

「ところで吾輩はどんな猫か知っているか」

「さあ」

「読んでいるのに知らない?」

「青と白の縞模様じゃないかな?」

「お~い、『吾輩は猫である』の吾輩はどんな猫か知っているか?」

 父上は少し離れた場所にいる母上に訊いた。

「さあ、茶色の縞模様じゃない?」

「いきなり意見が分かれたか。実を言うと俺はずっと黒猫だと思っていた。他の人に聞くと、白猫と言う人もいれば、茶トラ、キジトラ、三毛にヒョウ柄、聞く人によって違う猫が出てきた。それで実際に読んでみると正解した人は誰もいなかった。黒でも白でも縞模様でもない」

「結局、どんな猫だったの?」

「それは忘れてしまったが、よく分からない色だったことは覚えている。小説なんていい加減な物だ。どんな猫かは書かれているのに、皆が勝手に自分の吾輩を想像しているんだ。それでも読む事ができるのだから、猫の毛なんてどうでも良いんだ。猫だけじゃない。人間でも同じで、読み手は自分だけの登場人物を想像しながら読むから、小説の人物描写なんて読み飛ばしても問題ないんだ」

「真に受けちゃ駄目よ」と母上が言う。

「とんでもない。昔々、大学で論文の課題が出た時に思い切ってそれを書いてみたんだ。すると教授から『君の書く論文は良いね。一番面白いよ』とお褒めの言葉を貰った。つまりこれは大学の先生も認めた立派な考えなんだな」

「それじゃあ、どうしてもっと立派な人にならなかったの?」

「というのも先の論文に味をしめて、同じ調子で書き飛ばしていたら、別の教授達からお叱りの言葉を貰ってね。お情けで卒業はできたものの成績はギリギリだったから、箸にも棒にもかからずこんなT島県の片田舎で埋れることになったのさ。今思えばあの教授の褒め言葉で人生が狂ってしまった。あの時真面目に頭をひねり続けていれば、総理大臣は無理でも博士ぐらいにはなれたはずだ」

「無理無理、だって分数の割り算ができないもの」

「できないんじゃない。詐欺だということを見抜いているだけだ。あれはこの世の道理に合わないことだ。なぜ割る時に分母と分子を入れ替えなければならない。昔、学校の先生に訊いてみると、これはこういう物だからこうなんだという強引な答えが返ってきた。道理も分からない物を子供に教えるとはどういうことかと怪しんで、俺は授業中考えに考え抜き、ついにはこれが国家的な詐欺だということを見抜いた。いや、正確には騙している側でも怪しいと思いながら、これはこうでこういうものだと昔から教えられたという理屈で、空虚な教えを子供に語り継いでいるんだ」

「考えすぎじゃない?」

「考えてもみろ。3分の1とは何だ。1は3で割り切れないのだから、そんな物は存在しないはずで、存在しない物をさもあるかのように扱うのはおかしい話だ。3分の1を3分の1で割れば1になるのはさらにおかしい。嘘に嘘を重ねれば本当になると言っているようなものだ。だがこんなことは世間によくある話で、存在しない物をさもあるかのように騒ぎ、存在する物を存在しないように扱うことがごまんとある。それと同じように分数の割り算も存在するように見えるが本当は存在しない詐欺のようなものだ」

「あなた疲れているのよ。お酒の飲みすぎだわ。お風呂に入ってきたら」

「分数は存在しない。どれだけ理屈を並べ立られても俺は騙されにゃい」

 最後には口がもつれていた。足も同じようにふらふらしていて、父親は風呂場へ行く間にドスンドスンと何度も壁にぶつかっていた。
 ぼくは鏡で自分の体を見た。人間にとって猫の毛など、どうでもいい話かもしれないが、猫の身としては一生の一大事である。

 ぼくの毛色は爪先から頭の天辺まで全て黒一色で、ヒゲや肉球でさえ黒い色をしている。黒でないのは舌と爪と目の色ぐらいだ。母上は白い毛並みに青と灰色の縞模様を頭から被った美猫で、兄弟達もまた同じような毛色だったのに、一匹だけ黒一色に生まれたのは全くの不思議である。

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