最近は精神のエナジードリンクを摂取している。精神をハイにして支離滅裂な文章を吐き出す。これが執筆だ。精神のエナジードリンクとはもちろん自己啓発書のことである。
はっきり言って10冊ぐらい読むと、書いている内容はどれも同じだと分かってくる。テンプレに沿っていかに面白い自己啓発をするか競い合っているようだ。いや、ホントに。なんなら書いている人が自己啓発書に書いてあることはみんな一緒で、だからこそ真実だなんて自嘲気味に言うことさえある。
でも書いている内容は同じなのに、人によって面白さが違うのは不思議だ。自己啓発書にだって文体はある。小説家も同じプロットで同じ話を書くという企画をしたら面白いんじゃないか。もしかしたら将来はみんなそういう小説になっていたりして。
成功というのはいまだに分からないものだね。1+1=2だけど、現実は同じことにならない。
一つのことをやり続けて成功した人もいるが、一つのことをやり続けて失敗する人もいる。
臨機応変に戦略を変えて成功した人もいるが、あれもこれも手を出して何一つものにならなかった人もいる。
他人と協調して成功した人もいるが、他人にひきづられて失敗する人もいる。
自分を貫いて成功した人もいるが、一人で破滅に向かって走っていく人もいる。
こうやって羅列していくと『成功したから成功した』以外の共通点ってないんじゃないの?
何かがかけ違っていれば両者が入れ替わっていたかもしれない。
夏目漱石はスプーンでジャムをすくって食べていたし、芥川龍之介は最中が好きだったらしいが、甘いものを食べても文豪にはなれないのは当然だ。もしそうなら子供はみんな小説家になっている。上の二人が文豪になれたのは文豪になれたから以外に理由はないのかもしれない。と、書いてみたけれど、やっぱり夏目漱石は頭一つ抜けているような気がする。そう思うのは文豪という言葉が持つ後光効果でそう思ってしまうのか知らん。もし田中太郎みたいな誰も知らないような人を文豪だと100年ぐらい言い続けていたら、後世の人が彼の書いた文章に意味や価値を付けて、文豪になっていくのだろうか。それとも社会はそれを無視する? 少なくとも今の文学賞は機能していないね。一時持ち上げられても、みんなすぐに忘れられていくし、そもそも注目さえされていない。6年前に芥川賞を取ったのは誰か言える人なんているだろうか? でも一つの社会実験としてまずは牛野小雪で試してみるのはどうだろう。
テンプレに沿っていかに面白い自己啓発をするか競い合っているようだ。と書いたけど、それって面白いと思うんだよな。たとえば薪ストーブに火をつけるというプロットで2万字くらいの小説をみんなで書く。そうしたら(こいつらみんな同じこと書いてるな)と思いつつも、それぞれの違いが出て面白いと思う。
牛野小雪の小説はこちらから→Kindleストア:牛野小雪
はっきり言って10冊ぐらい読むと、書いている内容はどれも同じだと分かってくる。テンプレに沿っていかに面白い自己啓発をするか競い合っているようだ。いや、ホントに。なんなら書いている人が自己啓発書に書いてあることはみんな一緒で、だからこそ真実だなんて自嘲気味に言うことさえある。
でも書いている内容は同じなのに、人によって面白さが違うのは不思議だ。自己啓発書にだって文体はある。小説家も同じプロットで同じ話を書くという企画をしたら面白いんじゃないか。もしかしたら将来はみんなそういう小説になっていたりして。
成功というのはいまだに分からないものだね。1+1=2だけど、現実は同じことにならない。
一つのことをやり続けて成功した人もいるが、一つのことをやり続けて失敗する人もいる。
臨機応変に戦略を変えて成功した人もいるが、あれもこれも手を出して何一つものにならなかった人もいる。
他人と協調して成功した人もいるが、他人にひきづられて失敗する人もいる。
自分を貫いて成功した人もいるが、一人で破滅に向かって走っていく人もいる。
こうやって羅列していくと『成功したから成功した』以外の共通点ってないんじゃないの?
何かがかけ違っていれば両者が入れ替わっていたかもしれない。
夏目漱石はスプーンでジャムをすくって食べていたし、芥川龍之介は最中が好きだったらしいが、甘いものを食べても文豪にはなれないのは当然だ。もしそうなら子供はみんな小説家になっている。上の二人が文豪になれたのは文豪になれたから以外に理由はないのかもしれない。と、書いてみたけれど、やっぱり夏目漱石は頭一つ抜けているような気がする。そう思うのは文豪という言葉が持つ後光効果でそう思ってしまうのか知らん。もし田中太郎みたいな誰も知らないような人を文豪だと100年ぐらい言い続けていたら、後世の人が彼の書いた文章に意味や価値を付けて、文豪になっていくのだろうか。それとも社会はそれを無視する? 少なくとも今の文学賞は機能していないね。一時持ち上げられても、みんなすぐに忘れられていくし、そもそも注目さえされていない。6年前に芥川賞を取ったのは誰か言える人なんているだろうか? でも一つの社会実験としてまずは牛野小雪で試してみるのはどうだろう。
テンプレに沿っていかに面白い自己啓発をするか競い合っているようだ。と書いたけど、それって面白いと思うんだよな。たとえば薪ストーブに火をつけるというプロットで2万字くらいの小説をみんなで書く。そうしたら(こいつらみんな同じこと書いてるな)と思いつつも、それぞれの違いが出て面白いと思う。
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