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民泊アプリ殺人事件 [Kindle版]


 海に閉ざされた孤島で殺人事件が起こった。殺されたのは館の主である牛野小雪。そこにちょっとしたパーティに招待されていた名探偵山田が事件に巻き込まれていた。

 しかも第二の殺人まで起きてしまう。

 この小説の登場人物が一堂に会して、このまま朝になるまで一緒にいた方がいいと山田が提案した時に「冗談じゃない。お前たちの中に牛野小雪を殺した奴がいる。殺人者なんかと一緒にいられるか。一人でいる方がマシだ!」とか言って、一人でいるところを殺された。


 名探偵山田はまだ生きている人間を広間に集めた。「一体何をしようって言うんだろう」と誰かが言っていた。山田は彼らに『自分にさえ気付かれない』ように広間に集まるようにと指示していた。登場人物が全員集まっている事を確かめると、山田は彼らの前に立った。


「みなさんに集まってもらったのは他でもありません。この館で行われた悲惨な出来事の本当の犯人が分かったのです」


 広間にざわめきが広がった。


「おい、名探偵さんよ。誰が犯人だって言うんだ」


 そう言ったのは柴犬だったのに、広間に集まった者達は誰一人驚かなかった。


「牛野小雪を殺し、さらにもうひとつの殺人を行ったのはあなたですよ。柴犬さん」


 柴犬はベロを出してハッハッハッと笑った。


「冗談を言うんじゃない。私がどうやって殺すというんだ。証拠でもあるのか」


「いいですか。あなたは昨日の夜、月狂四郎さんを殺しましたね。そして明日の朝は初瀬明生さんを殺します。そうやってこの館にいる人間を順番に殺していって『そして誰もいなくなった』とする予定なんでしょう」


「バカな。全部あなたの予想だ。いや、妄想だと言っていい。こんなことは侮辱だ。訴えてやる!」


「待ってください。よく考えてくださいよ。あなた柴犬ですよね?」


 柴犬ははっとしたように驚いた顔を見せた。


「そうなんです。この重大な事実に誰も気付かなかった。あなたは柴犬なのに言葉を喋っている。この館であなたが私達を出迎えてから、つまり最初からずっと私達はそれを疑問に思わなかった」


「そんな・・・・・私は一体何者なんだ・・・・・・・なぜ柴犬なのに喋る事ができるんだ。こんな非現実的なことがあっていいのか・・・・・・」


「あなたが何故私達を殺そうとしていたのかはどうでもいい。どうやって殺したのかも。私は最初に言いましたよね。本当の犯人が分かったと」


「いや、牛野小雪を殺したのも、月狂とかいう男を殺したのも私だ」


柴犬が吠える。


「違うんです。実行犯はあなたです。でも、あなたがそうするように仕向けた真犯人が別にいる」


「それは一体誰なんだ。はやく教えてくれ」


月狂四郎が叫ぶ。


「ほら、ここにも矛盾が。月狂さんあなたは昨日殺されたはずですよね」


 広場にいた者達は驚き、月狂四郎自身も驚いていた。


「そうだ。俺は昨日一人で部屋にいると突然部屋が暗くなり、ああ、ああ・・・・誰かに喉を掻き切られた。なぜ俺はまだ生きているんだ・・・・・・」


「ここでみなさんにひとつ質問があります。あなた達はどうしてこの館に来たのですか?」


 広場にいた者達は一人ずつこの館に来た理由を話した。


「なるほど。みなさんそれぞれに事情がおありになる。しかしですね。実はさらに大きな謎があるのです。みなさんは子どもの頃に何をされていましたか。どんなことでも構いません。思い出してください」


 山田の奇妙な問いかけに広場にいた者達は一様に困惑した顔になった。


「どうやら思い出せないようですね。それもそのはず。みなさんに子どもの頃なんて無いからですよ」


「何をバカな! 子どもの頃が無ければどうやって大人になるんだ!」


月狂四郎が叫ぶ。


「簡単な理由です。最初から大人だった」


「そんなことはありえない!!」


「では、あなたは子どもの頃を思い出せますか。職場の友人は? 隣に住んでいる人は? そもそもあなたはどこに住んでいるのですか?」


 月狂四郎は山田に何か言葉を投げつけようとしたが、投げるべき言葉が出てこなかった。彼には職場の友人も、隣に住んでいる人も、住んでいる家さえ存在していなかった。


「そんな、じゃあ俺達は一体何だって言うんだ・・・・・・」


「いいですか。よく聞いてください。私達は作られた存在。もっと正確に言えば小説の登場人物なのです。ここにいる全員。我々は作者の思い通りにこの世界に生まれさせられ、殺し殺される運命なのです」


「私のこの恨みや怒りも作られたものだというのか。誰がこんなひどいことを」


柴犬が体を震わせていた。


「いいですか。みなさん。これから不思議な質問をします。よく聞いてください。あなた達が生まれる前に誰がいましたか? 生まれる前ですよ。誰かがいたはずです。両親ではありません。もっとも私達に両親はいませんが」


 広場にいた者達は山田の質問の意味を理解しかねた。

 しかし、一人、また一人と質問を言葉通りにとらえて、自分が生まれる前のことを思い出そうとした。

 そしてひとり残らずあることに思い当たった。


「忌川タツヤ」


 山田がそう言うと、皆驚いた顔を見せた。


「どうやらみなさん同じ事を考えていたようですね。そうです。忌川タツヤが私たちを作ったのです」


「忌川タツヤは私達の人生をもてあそんで最後に殺すつもりなのか。許せない。神にでもなったつもりか」


 広場には小説の登場人物たちの怒りで満ちていた。

 作られた怒りと恨みを抱かされ殺人に駆り立てられた柴犬、前日に殺されたのに作者のミスで甦ってしまった月狂四郎、これから殺される予定の他の登場人物。

 ここにいないのは最初に殺された牛野小雪だけだった。
 


 彼らが怒っていることも知らずに作者の忌川タツヤは映画を見ていた。


(ヤッタ。この映画は当たりだぞ。このネタは小説に使える!)


 行き詰まった超現実怪奇ミステリーの展望が開けたので、彼はツナマヨを食べることにした。

 しかし、彼が冷蔵庫からマヨネーズを取りにいこうと立ち上がると、部屋の隅に髪の長い女が幽霊みたいに立っていることに気付いた。


「お前は誰だ!」


「私はおまえに殺されたのよ」


 女はそう言うと忌川タツヤに襲いかかった。

 不意を突かれたせいか忌川タツヤは床に伸びていたドーナツの油にすべって尻餅をついた。

 女はその隙をのがさず彼にまたがり首を締めた。

 その時、忌川タツヤは長い髪の隙間から女の顔を見た。
 彼が小説で殺した牛野小雪とまったく同じ顔をしていた。


「やめろ、こゆきぃぃぃぃ!」


「全部おまえのせいだ、死ねぇぇぇぇ!」


 牛野小雪はさらに強く首を締めた。


「グエー!」


忌川タツヤは死んだ。
 

 彼が死んだ瞬間、名探偵山田はこれから誰も死なないが、世界の時間は永遠に止まったまま、この館で終わりのない日常を生き続けることになることを知った。

 どうして山田がそれを知ることができたのか。それは彼女がどんな謎でも解き明かせる名探偵という設定だったから。


 三週間後、幽霊のままこの世をさまよっていた牛野小雪はふたたび忌川タツヤの元を訪ねた。

 そこにはなんと活字の中で元気に走り回る忌川タツヤの姿が!


彼もまた本の中で生き続けていた。

 その本は『イマガワ血風録』と名付けられ、今も成長を続けている。

(おわり)

 




この本の中でも生きているっぽい

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