『真論君家の猫』に少し手を加えようとしていたが、あまりの長さに躊躇したので、(取り掛かった時は)一番売れていて、ほどよい長さの『幽霊になった私』に手を加えていた。
 特筆するような変更はないが、ただひとつ内容を変えたところがある。アキが神社に行って狛犬の口に五円玉を入れる描写があるのだが、 つい先日神社へ行くと狛犬の片割れが口を閉じていることに気付いた。どの神社に行ってもそうだったし、wikipediaに依るとあれはお寺の門に立っている金剛力士像みたいに口開けバージョンと口閉じバージョンで一対になっていることが判明した(厳密に言うと口が開いている方は犬ではなく獅子だそうだ)。というわけで最新版では片方の狛犬が口を閉じていると書いている。話の筋としては特に意味は無いので、最新版の更新申請はしなかった。
 毎回新刊を出すたびに何々をリリースと書いている。なかなかよく考えたもので、発刊してからしばらく経つと本当に自分の手から放れたような気分がする。まるで他人が書いたみたいな物に感じられて、今回読み直した折には岡目八目が遺憾なく発揮されてしまった。
『幽霊になった私』では、主人公のアキが幽霊になってから色々体験した後、いつの間にか自分の名前を忘れているというところがある。 彼女の名前はモモタロウさんによって、すぐに思い出すことができるのだが、この部分をもっと引っ張れば良かったんじゃないかと他人事のように思った。そうすれば最後にアキが自分に戻ってくるところまで、物語にひとつ強い圧力を加える事ができた。もったいないことをした。
 しかし、そうなるとモモタロウさんを出す必要はなくて、でも彼がいないとタニスが戻ってこなくて、タニスが戻ってこないとアキが自分を見つけられなくて、と考えていたのだが、そもそも大元の『幽霊になった私』はタニスが戻ってこない話だったことに気付いてしまった。私は『幽霊になった私』を執筆するにあたってタニスの存在に救われていたけれど(タニスがいないと物語が成立しない)、タニスがいることによって『私とアキの物語』からはひとつから離れてしまったようにも思ったのだ。
『ターンワールド』を書いた後も『真論君家の猫』で猫又のアラーニャンに出会えなかった話にすれば良かったと後悔した。書く順番が逆なら間違いなくそう書いたはずだ。 でもそう書かなかったのは腕が未熟だったからだろう。というより境地みたいなものかもしれない。猫を書いている時はそんなことは考えもしなかったし、幽霊の時も同じだ。気付くのはいつも後になってから。でもそれに気付けるのは、ひとつ大きな話を書いて成長したからかな。
 と、少し自己批評を描いてみたのだが、映画、アニメ、小説、スポーツにありがちな外野がああだこうだ口を出すだけで、全くそういうことをしようという気にはなれなかった。とにかく私はもうリリースしてしまったのだ。外野みたいなものである。時既に遅し。それに過去作をふたたび執筆できる精神状態に入れるような気もしない。一口に執筆と言っても、その時その時の特殊な精神の形があるもので、どれも違うものなのだ。
 どうして最初のイメージ通りに書けないのだろう。進むべき道はイメージが降ってきた時、既に示されている。こうやって振り返ってみると、どうやら私は迂遠な執筆をしているようだ。それができないのもやはり腕が足りないからだろう。だから小技に頼ろうとする。しかし、たぶん猫にしても幽霊にしても、もし当時それを意識していたのなら書けなかったはずはない。それぐらいの腕はあった。と、信じている。でも書けなかった。
 そうなってしまったのは、どこか臆病だからだと思う。これもやはり幽霊を読んでから感じたことだ。本当はもっと行間の向こうに何かがあるのに、それが奥へ引っ込んでいる印象を受けた。
カタツムリみたいに殻の奥でビビっているのだそして殻を破れないのはやっぱり執筆の腕力が足りないから。生身のまま陽の当たる場所に出ると簡単に死んでしまうから。殻に閉じこもらず何とか外へ出られないものかな。でも最初に出した火星の頃と比べると触手はかなり外へ伸びている。実は殻を破る必要なんてないのかもしれない。

(おわり)

追記:カタツムリは殻が壊れると死ぬらしいので、やっぱり破らない方が良い。でも殻を背負っていないナメクジは自由に動けるし、狭い隙間に身を隠すこともできる。ナメクジとカタツムリ、どちらが生きやすいだろう?

備考欄:殻というのは心の中にある。だから自分でも殻に何が入っているのかは分からない。実はその中にはイカのお化けが入っていて、無理やり引きずり出そうとすると逆に食べられてしまうのかもしれない。

追記2:今回は印刷して読み返した。以前『黒髪の殻』の時も印刷したのだが、やけに紙が多かったので『幽霊になった私』は長編なのだと実感することができた。Word上だと長さの違いは分かりづらい。

チラシの裏:金剛力士像の顔はアレだが、筋肉の肉体美はとても力強いものがある。ただ顔がね・・・・

どうでもいい話:村上春樹が来年また長編小説出すらしい。Kindle版で出してくれるかなぁ。Kindleだと版が更新されるし、場所も取らないしで便利なんだけどなぁ。でも半年前に出た本でもKindle版の最後のページには初版と書いていることが多い気がする。意外に更新されない? 

どうでもいい話:Kindle unlimitedやhuluで古い映画や本、漫画を見ている。現代ではもうありきたりな展開でもやっぱり今に残っているのは感動する。よくできた話なら、例え画が古くても、筋がありきたりでも、良い物は良いのだ。
新鮮さを求めすぎて、奇抜どころか間抜けにならないように気を付けなくてはならない。

追記3:これを書いたのは水曜日で、土曜日は猫に手を加えていた。やっぱり幽霊と比べると殻に閉じこもっているように感じる。それと冒頭は夏目先生にめちゃくちゃ影響されている。カラスを狩り始めた辺りから何か変わったようだ。あれを書いてからもう二年になる。今でも一番ネタと思い入れが詰まっている作品ではあるが、出来としては今年書いた幽霊の方が確実に上手い。もし同じネタが手元にあれば今の方がもっと上手く書けただろう。でもあれを書いた時と同じ精神状態にはもうなれない。少し寂しい気持ちがした。

蒸し返すネタ(2016/12/04 記):結構前にデカイ物語は必要とされていないんじゃないかという疑念をブログに書いた。それで今日こんな本を見つけたのだが、私のKindle設定で1000行ぐらいの短い小説である。KDPでは珍しくない分量だが、早川書房みたいな出版社から、こういう小さい本を出すのは初めて見た(kineld singlesという物あるが出版社はAmazonだ。それに数は極少)。ネタになりそうなタイトルだからかもしれないが、けっこう良い位置にいる。読んでみたが謎の感動があった。とにかく読んでみるべし。

最後にして最初のアイドル
草野 原々
早川書房
2016-11-22



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