この前角田光代さんの『空中庭園』という連作短編を読んだ。最後の章だけやけに出来が良いと思っていたら巻末に書き下ろしと書いてあって、ふーんと妙に納得がいった。私の勝手な持論だが書き下ろしと新聞連載の小説に外れ無しだ。これは書き下ろしで書く余裕がある。もしくは新聞に書かせてもらえるほど有名ということもあるかもしれないが、同じ著者の作品で比べてみてもやはりこの二つの形態は作品の質が良いような気がする。

 

 締め切りの問題なんじゃないかなと私は思っている。書き下ろしは完成するまでが締め切りで、新聞は毎日刊行されるが掲載される文章は極短いので書き溜めができる。つまり締め切りに追われないという事で、余裕がある状態で書けるというわけだ。

 

 そうだ。そういえば一番売れているというノルウェーの森は書き下ろし作品だ。今のところ私はこっちより世界の終わりとハードボイルドワンダーランドが最高傑作だと思うんだけど、なんとこの作品から氏は書き下ろし専門になったんだそうだ。村上春樹さんが書き下ろしで書いているのにはそういう理由があったりしてね。きっと文壇で嫌われているせいではないはず。そう思いたい。

 

 KDPで出版されている物をいくつか読んできて思うのはアイデアで言えば商業と比べても負けていない人は結構いる。これは締め切りに追われていないからではないだろうか。最近読んだ本だと藍田うめるさんが本当に惜しいと思った。足りないのは経験と「○○さん、ここちょっと弱いから書き直してよ」っていう面倒な改稿の背中を押してくれる第三者の声だと思える。

 

これは凄い重要。経験上、改稿すれば必ず良くなる。まだ改稿の余地があるのは作家自身が本当は心の底で気付いているけれど、克己心が足りないためにそのままにしてしまっていることがありそうだ。でも改稿するには(うわー、なんてこった)と作家自身が穴に気付く事と(よし、もう一度書いてやろうじゃないか)という元気が必要なわけで、どちらにしろある種の精神力が必要とされる。その二つを手に入れるにはどうすれば良いのかなと最近はよく考えている。

                       

(2015年11月13日 牛野小雪が記す)

 

追記:そういえば自己啓発本は基本的に書き下ろし。しかも内容が被る事が多いので実質改稿という部分も多そうだ。自己啓発本が何だかんだで売れているのはそういうところに理由があったりして。これを書いた後で本屋に行くと自己啓発本の勢いが昔より落ちていることに気付いた。不況のあおりに耐えられなくなったんだろうか。あと自己啓発に少し関連するのだが幻夜軌跡さんのコンビニ戦記がまだ平積みされていた。新人で刊行から半年以上経った本が平積みされているなんてかなり珍しい事ではないだろうか。しかもこんな片田舎の本屋で。ディスカバーの小説はこれしかないから? (※ディスカバーは自己啓発書をいっぱい出しているところ。少し前に超訳シリーズがたくさん出た。コンビニ戦記はそういう本に並んで平積みされているのでちょっと不思議な気分がする。もしかしすると自己啓発本の一種だと思われているのかもしれない)

 

追記2:角田光代さんの空中庭園の前にヤマダマコトさんのすかいらーくを読み始めたが、先にこっちを読み終えた。すかいらーくは長い。山彦並。長いでいえば他にも1Q84と吾輩は猫であるを読んでいるのだが、そっちよりは先に読み終わりそうだ

 

空中庭園: 1

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)

僕のセイシュンの三、四日

ヒッチハイク!: 正木忠則君のケース

鶴ヶ島コンビニ戦記 (Right novel)

テーブルの上のスカイラーク・上 (新潟文楽工房)