題名:月下の二人
作者:牛野小雪
一生に一度しか出会えない人間がいる。目の前にいる男がそうだった。満月狂四郎。相手は剣を真っ直ぐ立てて月に向けていた。私はそれを受けるように中段に構えている。持っているのはお互いに真剣だった。
こんな時代に、いやこんな時代だからこそ私は剣の腕を磨いてきた。それは相手も同じで共に絶人の域に達している。実際に腕は見ていないが厳しい修行をくぐり抜けてきた者同士で通じあえるものがあった。
立ち合うことになったのはお互いに惹きつけるものがあったからだ。相手がどういう剣を使うのか。どうしても知りたくなった。そして本当にそれを知るには極限の状態で立ち合うしかない。私は真剣での立ち合いを申し込んだ。相手は待っていたかのようにすぐ応じた。
会ったその日に私達は斬り合うことになった。真剣で戦って必ず死ぬとは限らないが覚悟はしていた。半端に生き残るよりは自分の命を全て切られて死ぬ。そう決めていた。もし勝つなら必ず相手を殺すだろう。それは相手も同じはずだ。相手が放つ気に甘いものは一切なかった。これこそが私の求めていたものだ。
頭上の木から葉っぱが落ちる。見なくてもその気配を感じた。木の葉は誘われるように二人の間へ落ちてくる。その木の葉が地面へ落ちるその寸前、二人は同時に動きすれ違った。冷たい風が首を横切る。私も相手の胴を薙いでいたが手応えはなかった。
再びの対峙。そう思っていたのは私だけで相手は剣を鞘に納めて背を向けた。
私はその背中に向かって叫ぶ。
私はその背中に向かって叫ぶ。
「逃げるのか、卑怯者!」
しかし、相手はそれに答えず私から離れていく。
私はもう一度叫んだ。
「お前の剣は偽物か!俺と戦え、狂四郎!」
それでも相手は足を止めずに歩き、姿を消した。腹はたったが、あの背中を切ろうとは考えなかった。私がしたかったのは殺しではない。
始めは立ち合いの途中で逃げた満月狂四郎に対して怒っていた。だが途中からは相手を見誤った自分に対して怒っていた。絶人の域に到達したと思ったのは慢心だったのではないのかとさえ疑った。
家に帰ってきた私は手を洗うために洗面所の前に立った。そして満月狂四郎が剣を鞘に納めた理由がやっと分かった。勝負はすでに着いていたのだ。こんな剣があるのか。とても信じられなかった。ボトン。うつむいた首が洗面台に落ちた。私はすでに切られていたのだ。
(終わり)
牛野小雪の小説はこちらへ→Kindleストア:牛野小雪
コメント