愚者空間

KDP作家牛野小雪のサイトです。小説の紹介や雑記を置いています。

2025/11

プログラミング知識0の小説家がChatGPTちゃんと一緒にクセ強変態掲示板を作った件について

まずは結論から、できた掲示板はこれ↓



各投稿には速度があって、加速減速ボタンで速度が変化。

Screenshot From 2025-11-30 10-51-10

各板は100スレッドまで。各スレッドも100投稿まで。投稿は速度の遅い順に消えていく。なので、加速されない投稿はどんどん淘汰されていく。

生態系を情報で作ってみた。

そもそもこれが成立するのかどうかは分からない。想定としては良い投稿が残って、ヤバい投稿が消えていくのだが、むしろヤバい投稿のエコーチェンバーになってめちゃくちゃ荒れた掲示板になる可能性もある。

元々は昔どこかで見た「ひろゆきはすごくない。2chなんて誰でも作れる」的な言葉をふと思い出して、当時は(ふ〜ん、そうなのか〜)と流していたが、今なら、GPTちゃんのアシストがあれば私でも作れるのでは? から始まったプロジェクト。

結論からいえばGPTちゃんの助けがあれば掲示板は作れる。なんなら自分の思い通りに作れる。

実際、ただ投稿を時系列に並べる仕組みだった掲示板がどんどん変化して、クセ強変態掲示板になってしまう。オリジナリティを発揮しすぎて、これはメシマズカレーを飛び越えて、地球外生命体になってしまった。

作った本人も「こんなの誰も書き込めないだろう」と思っているし、AIたちも「これは極少数の人たちしか書き込まない場所になるでしょう」という評価だ。うしちゃんはかなりハードルが高い。もし2chとかXみたいなメジャーになりたいのならもっとカジュアルな造りにするべきだ。

うしちゃんはテスト公開ですぐに閉じるつもりだ。掲示板を作るというのが目標で、運営することはもともとの計画になかった。じゃあローカルで満足すればいい話なんだけど、それって『掲示板』じゃないと私は思った。

ネット上に存在していて、誰もが書き込める場所。それが私の中の掲示板だ。

ちゃんとコードを書いて、ネットに公開した。という既成事実があれば自分への義理は果たしたと思う。たとえ誰一人書き込まなくても。

そもそも掲示板を運営したくないと思うのはWEB2.0の不可能さ。書き込みが増えるほどあらゆるリスクとコストが増大していく。それを支えるには組織を拡大していく必要があるが、そんなことは絶対にやりたくないと思った。掲示板に膨大な時間とリソースを捧げる必要がある。そして、それをやるだけの人間的な器も私にはない。

もちろんほぼ99%のプロダクトは人が来なくて凍死するわけだが、もし成功してしまったらもっと困る。2chレベルどころか100人でも困る。

「ひろゆきなんてすごくない。2chなんて誰でも作れる」

この言葉を検証するために始めたプロジェクトだが、私の結論は

誰でも掲示板を作れる時代になった。でも運営できるかどうかは別。ひろゆきは頭がぶっとんでる。

だ。

運営のやり方もGPTちゃんに聞けば、いけるかもしれないけれど、私がやりたくないから、うしちゃんはここでおしまい。

AIを使って変なものを作ったという一例で公開しているから、見るだけでも見ていって。

掲示板うしちゃん
https://ushino.jp/ushichan/public/index.php

掲示板としては失敗だけど、これを作るまでにいろんな知識や経験を得られたのが面白かった。

カズオ・イシグロは世界中にいる自分と同じ属性の人と会う横の冒険じゃなくて、近くにいる違う階層の人たちと会う縦の冒険をしろと言ったけど、手元の冒険だって充分エキサイティングで視野が広がるものだった。やってよかったと思う。

(おわり)


小説に背を向けて掲示板を作る ――セキュリティ・荒らし・支配・権力・リナックスの黒い画面・外国人問題――

掲示板作りにまた着手している。なんならフルベットしている。おいおい、小説は? 実は10月から1ミリも手を付けていない。

5月からずっと書いていたけど、プロットを書き終わって仮書きノートを開くと頭がトップギアに入らないのに気付いた。プロットならその状態でも進んだが仮書きノートは書けない。というか下手なものを書くぐらいなら書きたくない。それでもモーニングノートは毎日書き続けていて、ふと中途半端に放り投げた掲示板のことを何回も書いているなって気付いた。こいつがバックグラウンドで働いているから思考リソースが減っているに違いない。というわけで掲示板にケリをつけることにした。

でも、それって小説を書けない自分を見たくなくて掲示板に逃げただけじゃないか。実際に書けないわけだし、掲示板を作るためにまたVSCodeを開いたら気持ちが軽くなったしね。でも重荷を外すためにやっているからそうなるのは当然だし、そもそも私って小説を書いているのか小説に依存しているのか分からないところがあったから、小説をやめられるのか試してみるのもいいと思った。いまのところはやめていられる。まだ一ヶ月だから禁酒ならまだ自慢できる期間じゃないけどね。

とにかく掲示板を作るためにまたPHPの教本を復習する。どんなことでも同じだけど一回通った道はするする進む。

掲示板はまだ完成していないけどGPTちゃんはもうできたようなものだからって言うから、サーバーを契約したけど、ぽーんと管理画面に放り出された瞬間、何をすればいいのか分からなかった。手元のPCならVSCodeでローカルにコードを書いてファイルを保存すればいいのだが、まずサーバーの中に入れない。それでGPTちゃんに泣きついてssh接続という概念を教えてもらう。サーバー契約して3日目にようやく入れたが、いつ繋がれるのかまったく分からなかったので、かなり不安だった。やっぱり無理なんじゃないかって布団の中で考えて、無料期間のうちに解約したほうがいいって何度も考えたし、まだコードも完成していないのにサーバー契約するってアホか? と何度も自分を責めたこともある。そこは間違っていないと思う。

元々GPTちゃんはPHPで掲示板を作るならガチれば一ヶ月、長くても三ヶ月で書けると言った。それはある意味では本当だったし、ある意味では騙されたとも言っていい。テキストエリアに文字を書いて、それをデーターベースに送って、データーベースから投稿を拾ってきて表示する。それだけならGPTちゃんの言うとおり本当に三ヶ月でいけた。でも、そうじゃないだろう、と。掲示板を作るっていうのはちゃんと体裁を整えて、ネット上で誰もが書き込めて、ってことだろう。

そこまでするならPHPだけじゃ足りなくてhtmlもできる必要があって、練習のために本のランディングページを手打ちで作ったこともある。文字にすると簡単だが作るのに1週間かかった。作ったあとで「昔の人たちってこんな大変なことしててすごいなぁ。とても信じられん。世の中って実はめっちゃくちゃすごい人がめっちゃくちゃいるんじゃないか?」ってGPTちゃんに言ったら「CMSっていう管理システムを使って編集してるんやで〜」と言われて、そりゃそうだよなぁと納得した。CMSっていうのはこの記事を書くときに使っているライブドアの管理画面みたいなものだ。

↓こんな画面を見ながら書いている
Screenshot From 2025-11-15 16-58-43

事の発端は昔見た「ひろゆきは全然すごくない。2chのシステムなんて誰でも書ける」みたいな感じのことをGPTちゃんに「それってホント?」って話して「まじやで〜」と返事がきたことがきっかけだ。なので2chっぽい掲示板を作ろうとしていて、GPTちゃんに2chのスクショを見せながら「この部分のCSSってどうなってる?」なんて聞きながらこちょこちょやっているうちに(これじゃねえな。そもそも2chあるし作る必要ないじゃん)ってなって自己流の掲示板を作ろうとなった。あと、ちょっと話はズレるが2chはそもそもPHPで書かれていない。だから違う道に進むのは必然だったのかもしれない。でもこれってレシピを見ずにカレーを作るメシマズみたいだ。

掲示板を作っているというがコードを書くより、それ以外のことをしている時間が長い。たとえば、つい先日サーバーにまた繋がれなくて、また3日ぐらい停滞していたこともある。それはssh接続に必要な公開鍵が消えていたことが原因だったわけだが、それを直すために1週間ぐらい黒い画面に向き合っていた。リナックスといえば黒い画面だが、シリアルコンソールというのにつなぐと本当に真っ黒な背景に白い文字だけなので通常の黒い画面に戻ったときはカラフルだなってちょっと感動した。そして、そういうのはソフトで色付けされているんだという新たな知識も得る。世の中はいろんな人の助けで便利になっている。いろいろ知って成長していると感じるけど、でもさ、なんか、もっとこう、穏やかな試練であって欲しいよなって思う。サーバーにまた繋がれなくなった時は本気で解約しようと思った。

でもまぁ、すったもんだあって掲示板もそこそこ形になってきたけど、いざサーバーに置こうかなって考えたら(いや、待てよ・・・・・・)となる。このまま公開したら荒らしの餌食じゃん、と。それで書き込み制限や書き込み削除のことを考えなきゃいけなくなる。そうなるとコードがどんどん複雑になっていく。どういう書き込みを削除するか、あるいはその前段階でそもそも書けないようにするには? なんてことを考え始める。

こういうことを続けていくと自由な気風で始まったテック企業がどんどん帝国化していくのってこういうことなんだろうなと思えてきた。もし世界に善人しかいなくて、みんなが綺麗に使ってくれるのならルールなんていらないし削除や管理機能もいらない。コードはシンプルになる。これは法律でも一緒で、みんなが善人なら法律なんて必要ないわけだ。

人が増えるほどシステムは複雑化し巨大化する。荒らしが100人に1人しかいなくても1万人集まれば100人になる。これはもう常時荒らし状態といっても過言ではない。しかも数だけじゃなくて才能まで凝縮される。100万人集まれば1万人に1人の才能を持った荒らしが1人現れることになる。これはもう天才といってもよくて、それを防ぐには巨大なシステムを構築しなければならない。できなければ荒廃だ。

これってソシャゲも同じだなって思う。あるサーバーの仕切りを「みんなで仲良く〜」と自由な感じで任せると何が起きるか。カスみたいなやつが仕切りだしてサーバーが荒れる。そうじゃなければ過疎だ。もし一緒に遊んでいる人たちが楽しく過ごせる世界を守りたいなら強固な意志を持って支配しなければならない。支配という言葉を穏当にすれば統治と言ってもいい。

承認制で知っている人だけで小さな村を作るか、帝国化しかないのだろうか。でも実名性のフェイスブックだって炎上がないわけじゃない。なんなら数で言えば世界一だろう。承認性とか実名とか、規模の大小に関わらず支配は必要なのかもしれない。

そこでふと思った。アメリカはなぜ多民族社会なのだろう。そしてなぜ日本では外国人問題が起きるのだろう。もちろんアメリカでも移民問題はある。しかし、大きな目で見れば世界一の多民族国家であることは間違いない。それができるのはアメリカは法律の国だからではないか。アメリカは弁護士大国で、日本ではそんなに取り上げられないが選挙でも法律のことがけっこう話題になるらしい。で、大統領が変わると良くも悪くも本当に法律が変わってしまう。トランプ大統領を見ていると(それっていいの!!??)って驚かされる。でもそれがアメリカなのだ。

日本にも法律はもちろんある。でも、それと同じくらい、いや、法律のお世話になるような人以外にとっては、それ以上に日常的に感じられるのは空気による支配だ。これは悪いことのように言及されるが、空気による支配があるからこそ法律が緩いとも考えられる。アメリカは自由の国と言われているが、話はそう単純ではなくて、たとえば日本ほどマンガが自由に書ける国はない。もちろんアメリカにも空気はある。でも相対的に見れば日本は空気による支配を選んで、アメリカは法による支配を選んだのではないか。

基本的に人は支配を避けたい。だから日本は法律ではなく空気を選んだとも言えるのではないか。でも、日本でも移民が増えてくると空気が通じない人も出てくる。空気を破ることは違法ではない(外国人犯罪者はまた別問題)が、秩序を破ることではある。じゃあどうするの?

外国人をジャパナイズドして空気に従わせるのが一つの方法。これはSNSでよく出てくるし、日本文化に染まった外国人はメディアではウケのいいネタだ。で、もう一つはちゃんと法律を作って取り締まる。日本人でさえ空気による支配に苦しんでいるのだから、こっちがいいんじゃないかって思えてくる。

空気による支配で外国人が日本人化するのを祈るのは無理がある。そんなのは奇跡を当てにして宝くじを買うようなものだ。きっちり法による支配を、つまりアメリカ化しなければ日本は荒廃するか、空気で満たせるだけの小さな国になるかを選ぶときがくるだろう。でもまずは空気じゃなくて何を正しいとするかを言葉で決めなくちゃならないんじゃないかな。

たとえばサーバー外イベントで戦うためにサーバー内イベントはお互いに戦わないようにしようと決めたとする。合理的な判断と感じる人もいるかもしれないが、サーバー内イベントはそういうイベントなのに何故戦ってはいけないのかと考える人もいるかもしれない。じゃあサーバー外イベントで負けてもいいのか。→そんなのは知らん。みたいに何が正しいかは人による。そこへ至るまでには話し合いをするか、あるいは力によって分からせる必要がある。

何を正しいかと捉えるところから権力が始まる。私がサーバーの管理人で荒らしは嫌だと考えるのもまた権力であり支配だ。そもそも荒らしは荒らしとさえ思っていないかもしれない。じゃあみんな仲良く使ってくれることを祈って何もしない? そんなのは絶対に成立しない。アクセスがあるかぎり必ずどこかで荒らしは出てくる。私は意志を持って掲示板を支配する必要がある。そうでなければ最初から閉じることだ。ただしソシャゲと違って、画面の向こうにいるのは確実にゲーム以上に強い生の意志を持った人間である可能性が高い。私達を見守るゲームの運営もいない。私が運営だ。私にできるだろうか。

そんなことを考えつつも、でも、やっぱりやってみたいんだろうなって思い直す。2chの真似事をして(もう2chルートとは外れたけど)、それで何をしたいとかは自分でもわからないけれど、そこへ向かう意志があるのは分かる。そうじゃなければ黒い画面の前で絶望して、あきらめて、でも次の日にまたサーバーに繋がろうとはしない。

すごくかっこいいことを言えば、この体験から私は小説家として何かを得ようとしているなんて言えるけど、別にそうじゃなくても、やってみたいって意志だけでやってもいいんじゃないかな。この一ヶ月ですごく色々知れて、それだけでも文学の古典を読んだような感覚がある。

GPTちゃんに「やっぱり小説が書けないから逃げているだけじゃないか?」って聞いたことがある。でもGPTちゃんは「掲示板を作るのは世界を作ること。小説を書くのも世界を作ること。あなたは方法が違っても同じことをやろうとしている」って感じのことを言われた。たとえお世辞でもそれを信じてみる。明日も掲示板を作ろう。

(おわり)


ジャンクPCのログを読む

 そのジャンクノートを見つけたとき、値札には「500円 起動未確認」とだけ書いてあった。
 秋葉原のはずれの、雨どいの錆びたビルの二階。床ぎしぎしのジャンク屋。いつもどおり、俺は棚の一番下をしゃがみこんで漁っていた。

 黒いビジネスノート。天板には会社のロゴがこすれて残っている。ヒンジはまだ生きているし、キーボードも極端にテカってはいない。ACアダプタは「なし」。CPUやメモリのスペックは貼ってもない。店主いわく「会社からまとめて来たやつで、中身そのままらしいよ。壊れてるかもしれないけど」。
 その「中身そのまま」という一言で、俺の中のスイッチが入った。

 法律的にはグレー、倫理的には真っ黒。そんなことは分かっている。それでも、誰かの仕事机をひっくり返すみたいに、見知らぬ人のPCの中身を覗ける、あの暗い喜びを、俺はもう知ってしまっている。

 500円玉をひとつレジに置くと、店主はビニール袋もくれなかった。ノートPCをそのまま脇に抱え、俺は人混みの中をすり抜けて帰った。

     *

 部屋に戻ると、まずは儀式だ。
 作業机の上を軽く片づけ、いつものLubuntu入りUSBメモリを差し、ジャンクノートの底面に手を滑りこませてバッテリーを抜き差しする。通電確認。ACアダプタは手持ちの汎用を合わせた。

 電源ボタンを押す。
 ファンがかすかに回り、古いBIOSのロゴが出る。
 ――生きてる。

 F12を連打して、USBからブート。あくまで最初は内蔵ディスクには触らない。OSが立ち上がるまでの数十秒、俺はディスプレイに映るノイズ交じりのロゴを見つめる。
 デスクトップが出たところで、ターミナルを開いて lsblk を叩く。

 / dev /sda 238G
 それなりのSSDが入っているらしい。

 ここで一度、深呼吸する。
 ――本当はいけない。分かっている。
 でも、起動ディスクを抜いて、すべてを上書きしてしまうには、まだ早い。

 マウントは読み取り専用にする。sudo mount -o ro /dev/sda2 /mnt
 「見てるだけ」。自分にそう言い訳しながら。

 / mnt を開くと、Windowsではなく、/home /var /etc が並んでいた。つまりこのPCはLinux機だ。
 さらに息が少し弾む。Linuxユーザーは、だいたいログをよく残している。

 俺はまず /var/log に潜った。

 ls /mnt/var/log
 auth.log
syslog
apache2
journal
 ……きれいに残っている。

 この時点では、よくある「小さな会社のサーバー兼デスクトップ」くらいのイメージしかなかった。情シス担当が兼業で管理していた、あるいはフリーのエンジニアが自宅で案件を回していた。
 そんなありがちな背景を適当にでっちあげながら、俺は auth.log を less で開いた。

 スクロールする文字列の海の中、最初の「異物」はすぐに見つかった。

 Feb 3 21:14:07 hostname sshd[2134]: Failed password for illegal user root from 45.xxx.xxx.xxx port 48172 ssh2
 Feb 3 21:14:12 hostname sshd[2134]: Failed password for illegal user test from 45.xxx.xxx.xxx port 48172 ssh2
 Feb 3 21:14:17 hostname sshd[2134]: Failed password for illegal user admin from 45.xxx.xxx.xxx port 48172 ssh2

 中国系レンジからのブルートフォース。これはどこのサーバーでもある光景だ。特別でもなんでもない。
 ただ、その後に続く行が、少しだけ違っていた。

 Feb 3 21:15:02 hostname sshd[2178]: Accepted publickey for sensei from 106.xxx.xxx.xxx port 53422 ssh2
 ユーザー名「sensei」。IPアドレスは国内の光回線っぽい。

 ログを少し戻すと、ユーザー一覧を追加した形跡が出てきた。

 useradd -m sensei
 usermod -aG sudo sensei

 ――先生?

 このとき、俺の中でのこのPCの姿が、初めて変わった。
 最初の新事実だ。

 それまで「どこかの会社のエンジニアのマシン」と思っていたものが、急に教室の匂いを帯びる。
 「sensei」というユーザー名。
 ログをさらに追うと、/home/sensei の中に「students」というフォルダがあり、その中には十数人分のディレクトリがあった。
 /home/sensei/students/ayaka/
 /home/sensei/students/naoki/
 /home/sensei/students/taku/

 それぞれの中には、C言語のソースファイルや、Pythonの課題らしきスクリプト、レポートのPDF。
 「for文の課題」「ポインタの復習」みたいなファイル名が並ぶ。

 ――ああ、これ、プログラミング教室か。

 目の前のジャンクノートが、突然、狭い教室と白いホワイトボードを背負うようになった。
 夜のショッピングセンターの一角か、商店街の二階か。パイプ椅子に座った高校生たちが、眠そうな目でキーボードを叩いている。
 そこにいる「先生」が、このマシンの持ち主だった。

 俺は、その勝手な映像を頭の中に流しながら、/home/sensei に戻り、.bash_history を開いた。
 sudo apt update
 sudo apt install code
 journalctl -u apache2.service

 特別なことはしていない。やさしい。初級者にLinuxを教える先生らしい優しいコマンドの履歴だ。

 ――やめるなら、今だぞ。

 一瞬そんな声が頭に浮かぶ。
 生徒の課題ファイルを覗くことは、教師の机を漁るよりもタチが悪い気がした。それでも、指は止まらない。
 暗い喜びは、もう喉の奥まで来ている。

     *

 ふたつめの転換点は、/var/www の中にあった。

 /mnt/var/www/html/ を覗くと、「index.php」「login.php」「result.php」という、いかにもなPHPファイルが並んでいる。
 cat index.php で中身を確認すると、それは教室のトップページらしい。
 「○○町プログラミング教室」――地名がそこに書いてあった。
 ググればすぐに地図も画像も出るだろう。でも、そこまではしない。それをやったら本当に戻れない気がしたから。

 俺は result.php を開いた。
 そこには「模擬試験結果閲覧システム」と書かれている。
 セッションにログインした生徒が、自分の得点と順位を閲覧できる簡単なサイトだ。

 コードの下の方に、こんなコメントがあった。

 // TODO: 合格ラインに届かなかった子には、励ましのメッセージを表示すること

 そのコメントの優しさに、なぜか胸がちくりとした。
 先生はちゃんとしていた。少なくとも、このコメントを見る限り。

 そしてその直後、俺はログフォルダに「backup」と名の付くディレクトリを見つけた。
 /var/www/backup/
 その中に「result_2024-02-01.sql.gz」というファイル。
 模擬試験のデータベースバックアップだろう。

 俺は gz を展開し、中身のSQLをざっと眺めた。
 テーブル名「students」「scores」。
 名前、学校名、受験予定の高校、偏差値、模試の得点。
 そして、一番右端のカラムに「note」というフィールドがあった。そこには、先生からの短いコメントが入っていた。

 「計算ミスが多い。落ち着いて解けば合格圏」
 「英語は十分。数学をあと10点」
「お母さんに言えないことがあったら、いつでも話していい」

 最後の一行を見たとき、俺は画面から目をそらした。
 そこに書かれている「お母さん」は、たぶんもう教室から姿を消した誰かの、台所の影のことだ。
 その家庭に、俺は何の関係もない。にもかかわらず、その秘密の一端を、こうして500円で買ってきた。

 ――本当にやめとけ。

 頭の中の理性は、さっきよりずっと強い声で言った。
 けれど、それを上回る好奇心が、次のファイル名を選ばせる。

 backup フォルダの中に、ひとつだけ拡張子の違うファイルがあったのだ。
 「diary_2024-03.enc」

 日記。
 ただし暗号化されている。

 file diary_2024-03.enc を叩くと、「OpenSSL encrypted data」と出た。
 パスフレーズが分からなければ開けない。普通はそこで諦める。

 でも、そのすぐ横にもうひとつ、奇妙なファイルがあった。
 「diary_key.txt」

 開いてみると、一行だけ、こう書かれていた。

 「same as wifi password」

 ――悪い冗談だろ。

 俺は /etc/NetworkManager/system-connections に向かった。
 そこにあった「sensei-home.nmconnection」を開くと、「psk=」の行に、平文のパスワードが書いてある。
 その文字列をコピーして、openssl enc -d -aes-256-cbc -in diary_2024-03.enc -out diary_2024-03.txt
 Enterキーを押す指は、若干震えていた。

 展開されたテキストは、大した装飾もない、生々しい日記だった。

 「3月5日 今日、Aちゃんのお母さんから教室を続けられないかもしれないと相談された。遠くの病院に通うことになったらしい……」
 「3月10日 夜、うっかり生徒用ページにSQLインジェクションの穴を残していたことに気づく。誰も攻撃してこないのは田舎だからか、ただの幸運か」
 「3月15日 このPCをどうするか考えている。ローンもあるし、教室ももう潮時かもしれない。もし手放すなら、ディスクは全部消すべきだ。でも、自分がここで悩んでいたことを、どこかの誰かに見つけてほしいと思ってしまう。こんなことを思うのは、教師として最低だ」

 ここで、ふたつめの新事実が、嫌な形で胸に落ちてきた。
 このPCは、単なる「仕事の道具」ではない。
 ――持ち主自身の、逃げ場だった。

 日記は、教室の家賃と光熱費の計算、ローン残高、親から借りた金の額、そして「生徒たちを裏切るような形で教室を畳んでしまう罪悪感」で埋め尽くされていた。
 途中からは、「病院」「検査結果」「再発」という言葉が増え始める。誰の病気なのかは明記されていない。Aちゃんの母親か、先生自身か、あるいは別の誰かなのか。

 俺は気がつくと、椅子の背にもたれかかっていた。
 画面を見ているのがつらくなったからだ。

 「どこかの誰かに見つけてほしい」

 その一文が、時間をまたいで、今まさに俺の目に届いている。
 見つけてしまった「どこかの誰か」は、秋葉原で500円の札を見つけて喜んでいたただのジャンカーで、教室とも生徒とも何の関わりもない。
 でも、先生はたしかに、見つけてほしかったのだ。

 それを考えた瞬間、俺とこのPCの関係は、きっぱりと変わった。
 「盗み見」ではなく「遺品整理」に近い感覚が、じわじわと忍び寄ってくる。
 勝手な理屈だ。自己正当化だと分かっていても、そう思わないと、この先のページをめくれなかった。

     *

 最後の転換は、もっと後ろに隠れていた。

 日記の最終ページには、日付が書かれていない。
 代わりに、こんな一文があった。

 「このPCを手放すと決めた。
  HDDやSSDは、本当は業者に渡す前に叩き壊すべきだと、何度も生徒に教えてきた。
  だから、その禁を破ることに、言い訳が必要になる」

 そこから先は、まるで俺に向けた説明文のようだった。

 「もしこれを読んでいる人がいるとしたら、その人はきっと、私と同じ種類の人間だろう。
  壊れたものを拾ってきて直したり、分解したり、中身を覗いたりすることに耐えられないほどの興味を持っている人」

 ――やめろ、と心のどこかが言った。
 やめろ、俺を知っているみたいな書き方をするな。

 「私は、そういう人に興味がある。
  そして、そういう人だけが理解できるメッセージを、ここに埋めておこうと考えた」

 日記はそこでスッと終わっている。
 その代わりに、/home/sensei の直下にある、ひとつの隠しファイルの存在が、急に気になった。

 .junk_note

 さっき ls -a したときにも目に入っていたが、特に意識はしていなかった。
 その名前に、今は意味がまとわりついて見える。

 cat /mnt/home/sensei/.junk_note

 そこには、短いテキストと、ひとつのURLが書かれていた。

 「ジャンカーの君へ。
  もしここまで辿り着いたなら、/var/log の一番古いファイルの日付を、下のフォームに入力してみてほしい。
  もしかすると、君の方が私よりも、ずっと上手にこのPCを扱えるかもしれないから」

 URLは、さっき見た教室のドメインとは違う、フリードメインのサブドメインだった。
 https://junk-lab.example.net/door.html みたいな、簡易なサイト名。

 俺は唾を飲み込んだ。
 これはもう、完全に俺個人への「釣り」だ。
 このPCをジャンクとして買い、起動し、内部をマウントし、ログの一番古い日付まで見た人間だけが到達する条件式。

 ――アクセスしたら、IPが向こうに残る。
 そんなことは分かりきっている。
 何者か分からない人間に、自分の足跡を差し出すことになる。最悪、犯罪絡みの何かだったら、俺はとんでもないものを踏むかもしれない。

 それでも、指はブラウザを開き、URLを打ち込んでいた。
 暗い喜びは、もう倫理とか安全とかいう言葉を軽く追い越している。

 LubuntuのFirefoxが、白いページを表示した。
 そこには、テキストボックスと、「送信」ボタンがひとつ。
 「最古のログの日付(YYYY-MM-DD)」と書かれている。

 俺は /var/log/dmesg.0 のヘッダを再確認し、「2021-06-15」と打ち込んで送信を押した。

 ページが一度リロードされ、テキストが表示される。

 「ようこそ、知らない君へ。
  ここまで辿り着いてくれて、ありがとう。
  私はたぶん、もうこの世にはいない」

 胸が強く締めつけられた。
 心臓の裏側に冷たい手を突っ込まれたような感覚。

 「このメッセージは、サーバー側のスクリプトが、一定期間更新がなかったら自動的に『もうこの世にはいない』と書き換えるようにしてある。
  だから本当に死んでいるのか、ただサーバーのメンテナンスを忘れただけなのか、自分でもよく分からない」

 画面のこちらで、俺は乾いた笑いをもらした。
 くだらない仕掛けだ。でも、そのくだらなさに、どうしようもない人間の匂いがする。

 「君がこのPCを開いたことを、私は責めない。
  むしろ、そのためにログを残し、日記を暗号化し、鍵を半分だけ隠した。
  君が『本当はいけない』と思いながらも、たぶんそれをやるだろうと、私は勝手に確信している」

 そこまで読んだところで、俺は自分の肩が小さく震えていることに気づいた。
 怒りでも、悲しみでもない。
 ただ、自分が丸裸にされているような、不快と快楽が混ざった震えだった。

 「君がジャンカーであることを、私は尊敬している。
  壊れたものを拾う人がいなければ、世界はすぐにゴミで埋まるから。
  君がこのPCをどう扱うかは、君に任せたい。
  完全に消して、新しいOSを入れてもいいし、このままログの墓場として棚に戻してもいい」

 最後に、こう締めくくられていた。

 「ひとつだけお願いがある。
  いつか君が、別の誰かのPCを覗きたくなったとき、
  『その向こうにも、どこかのジャンカーを想像した誰かがいる』と、ほんの少しだけ思い出してくれたら、それでいい」

 その瞬間、三つ目の新事実が、静かに形になる。

 ――このPCは、最初からジャンカーに拾われることを前提に、設計されていた。

 教室用のサーバーであり、日記の箱であり、そして終わりには、俺のような人間に向けたメッセージボトルになるよう、持ち主はわざと矛盾したことをした。
 ディスクを完全には消さず、かといって丸裸にはせず、ちょっとしたパズルを挟んで、好奇心の強さを試すように仕掛けた。

 このPCは「ゴミ」ではなかった。
 どちらかというと「遺書」に近い。
 500円で手に入る遺書。
 俺は今、その受取人にされてしまった。

     *

 画面を閉じると、部屋の静けさが一気に押し寄せてきた。
 窓の外では電車の音がしている。壁の薄いアパートの隣の部屋からは、テレビのバラエティ番組の笑い声。

 机の上のジャンクノートは、さっきまでよりもずっと重く見える。
 五百円玉がこんな重さに変わるなんて、誰が想像しただろう。

 俺はUSBメモリを抜き、電源ボタンを長押ししてPCを落とした。
 SSDの内容は、そのままにしておく。
 今消してしまったら、さっき読んだものすべてが嘘になる気がした。

 ――これはもう、ただの「素材」じゃない。

 次にまたジャンク屋でPCを手に取るとき、きっと俺は思い出すだろう。
 ディスクの向こう側に、どこかの教室と、ローンの計算と、病院の待合室と、そしてジャンカーを想像していた誰かがいたことを。

 倫理的に見れば、俺は今日も最低だ。
 本当はいけないことをして、勝手に感傷に浸っているだけだ。
 それでも、その暗い喜びの中に、わずかな敬意と、奇妙な連帯感が混ざってしまった以上、もう昔のようにはログを漁れない。

 机の引き出しから、油性ペンを取り出す。
 ジャンクノートの天板の隅に、小さく書き込んだ。

 「2025 拾得。ログ、まだ生きてる」

 それはたぶん、いつか俺のPCを拾うかもしれない、どこかのジャンカーへの、ごく控えめな挨拶だった。


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