星1つ。文学の終焉、あるいは読者を舐めているだけの作品。
正直、読むのにものすごく時間がかかった。
というより、読むたびに「自分がバカになっていく」感じがした。
それでも芥川賞受賞作だというから我慢して読み通したが、読後に残ったのは“虚しさ”と“呆れ”だけだった。
小説としての体を成していない
まず、プロットが存在しない。
起承転結? なし。
物語? ない。
主人公が何を目指しているのか、なぜそれを目指すのか、それすら読者に委ねられている。
説明責任ゼロ。考察の余地ですらない、ただの“放置”である。
ポイ活、ピザ、ソシャゲ、内輪ノリの哲学
作中で延々と繰り返されるのは、「ピザを焼く」「ポイ活でポイントを稼ぐ」「広告をスキップする」「歩く」「バス停に現実禁止の標識が立つ」「哲学ごっこ」――これの繰り返し。
たとえば、
「ヒキニートは動詞じゃなくて在り方」
「ハワイへ行く資格がない」
……もう、“自分に酔った人のTwitter”を長文化しただけの読書体験である。
芥川賞は“文学”の賞ではなくなったのか?
この作品が芥川賞を受賞したことで、「文学」や「小説」という概念そのものが溶け始めているように思える。
以前は「語られないもの」「描かれないもの」に価値を見出していたはずなのに、
今は「描く気のないもの」にすら賞が与えられるのか?
もしそうなら、この作品の存在自体が“文学に対する侮辱”ではないか。
読者を置いてけぼりにして、それを「最先端」と呼ぶのか?
文学は読者に媚びる必要はない。
だが、最低限の“対話”は必要だと思う。
本作にはその姿勢がまったくない。
「分からない?じゃあ結構」「これが現代なんで」
そんな声が行間から聞こえてくるようだった。
で、結局なにが言いたかったの?
「現実がクソなので“現実禁止”って言って逃げてます」
「でも私は愛されたいし、炎上しても構いません」
「あとパイナップルとハワイについて語りたい」
要約するとこれである。
これで300ページ超の小説なのだから恐れ入る。
最後に:芥川賞の選考委員に問いたい。
これを文学と呼ぶなら、もう何でもアリだ。
“ピザを焼いてるだけの人生”も、“ポイ活で稼ぐだけの思考”も、“哲学っぽい言葉を並べるだけのノイズ”も、
すべて“文学”なのだと。
だったら私が書いてるこのレビューも文学にしてくれ。
頼む。
【星:★☆☆☆☆】
おすすめしません。
読み終えたあと、自分が何かを失っていることに気づきます。







