
あやふやな語句を調べながらヘミングウェイの『老人と海』読んでみた。読んでいる時間より調べている時間が長かった。現代国語の授業を思い出した。
巻綱-まきづな。まきあみではない。この綱でカジキを引っ張る。綱は使いやすいようにまいてあるのだろう。こんな風に。
短すぎとは言ってはいけない。
魚鉤-やす。犯人ではない。魚に引っ掛けて船や陸に上げる道具。グーグルで調べると柄の長い物が出てくるが舞台はキューバなので映画『ラストサマー』に出てくるような柄の短いタイプだろう。それはきっとこんな形をしている。

銛-もり。槍みたいな漁師の道具。穂先はワイヤーや綱に繋がっていて、魚に刺さると柄から外れる。穂先は魚から抜けないように返しが付いている。それはこんな形をしている。

マスト-船に立てて帆をはる道具。マストを立てるということは老人の舟は帆舟ということになる。舵を握るという箇所もあるからきっとそう。表紙の絵は手漕ぎ舟だが、実際の老人はこんな形の舟に乗っていたはずだ。

帆という字が出てくるのは、かなり後半、カジキがサメに食べられてからで、それからも帆の描写は見当たらない。しかし、帆の下隅の綱をおさえていただけなので、帆は張っていなかったのかもしれない。マストと帆は持っていったが、風がある時にだけ立てて、それ以外の時は舟に寝かせているという可能性もある。でもサメに襲われながら港に帰っているので帆を立てて舟を進めているような気がする。
そのへんを気にしながら、もう一度読んでみるとp.111に”帆のはらみかたを見れば”とあったから老人は帆立てて舟を操縦していたのだ。。
蝕壊地方-しょくかいちほうと読む。蝕壊を国語辞典で調べても見つからなかったので広辞苑も出してみたが、それでも見つからなかったのでネット検索すると、まさに『老人と海』に出てくる蝕壊地方とは何ですかというのがトップに何件か出てきた。何だか要領は得ない答えなので自分で考えてみた。
該当箇所は“両手にはところどころ深い傷跡が見える。綱を操って大魚をとらえるときにできたものだ。が、いずれも新しい傷ではない。魚の棲まぬ砂漠の蝕壊地方のように古く乾からびていた”と書いてある。このことから老人の傷は擦傷であることがうかがえる。そして魚の棲まぬとあるから川っぽい見た目だけど、潤いのない感じのはずだ。
それらの考え合わせると老人の手には無数の古い擦傷がこんな感じであったに違いない。

生命線とか指紋は面倒なので省きました。傷跡はもっと真っ直ぐかも?
まかじき-鼻先が角みたいに伸びた魚。老人が釣った魚でもある。カジキマグロと呼ばれるがマグロの仲間ではない。でも刺身はマグロに似ている。というか元々カジキの刺身が食べられていて、それがいつからかマグロの赤身に変わったそうだ。とても美味いらしい。
鼻先の角はだてに付いているわけではなく武器としても使うらしい。突いてよし、叩いてよし、万能の道具である。それはこんな形をしている。

ハバナ-キューバの首都。文学とキューバは相性が良いのか村上龍もハマっていた時期がある(今もそう?)。ちなみにキューバはこの辺にある。

ハバナでバナナが取れるかどうかは分からないがキューバ料理にはバナナを使うらしい。『老人と海』でも老人と少年がバナナのフライを食べていた。
鮫の肝油‐さめのかんゆ。字の通りサメの肝臓の油。それだけ聞くとオエッて思うけど、子どもの頃に毎日一粒だけ食べさせられていた謎のお菓子『肝油ドロップ』の材料が鮫の肝臓(タラとかエイも使う)だと知って、ちょっと驚いた。シャチも鮫を襲って肝臓をむさぶるというし、けっこう美味なのかもしれない。それに栄養満点だ。作中でも吊り上げられた鮫工場で最初に肝臓をえぐるという描写がある。84日が続いても老人が死ななかったのは、毎日これを飲んでいたからかもね。鮫の肝油すごい。
つむぶり-ぶりという名前がついているがブリではないし、ブリの仲間でもない。でもブリに似ているへんな魚。ひれがちょっととげとげしい。食べ方はブリと同じっぽい。
ひらまさ-へい、らっしゃい、という掛け声が聞こえてきそうな名前の魚。ブリに似ているが、顔はどことなくマンボウっぽい。見た目がブリに似ているので食べ方もブリっぽく。
絞轆-こうろく。また辞書を引いても出てこない単語。ネットでも絞轆、意味分からん。たぶん魚を吊り上げて解体するもんだろう的なものが出てくる。それで原文から絞轆らしき単語を見つけて検索してみた。原文は“…where they were hoisted on a block and tackle,”theyつまり鮫たちがblock and tackleにhoistedされていたというわけで、このblock and tackleなるものが絞轆だろう。検索すると一発で出た。
絞轆とは天井に付けた滑車とフックで重たい物を持ち上げる機械である。それはこんな形をしている。

なぜ滑車を使うと重たいものを持ち上げられるのかは理科の先生に聞いてください。
舟の横木-ふねのよこぎ。船体を補強するために横木。それはこんな風にはめこまれている。

斜めの場合でも用を足すが、その場合は斜木というのだろうか? たぶん横木だろうけど。
ここに腰掛けたり物を置いてあるような気がするけど、折れたら大変だから、そっとしておいた方がいい。
鱪-しいら。頭が上に出っ張った不良みたいな頭を持つ魚。それはこんな頭をしている。

成魚は2mを超え、色味は派手々々しく、脂身は少なく筋肉質。ますます不良っぽい。しかし高級魚らしい。別名マヒマヒというアゲアゲな名前を持っている。やっぱり不良っぽい。
カジキを引っ張っている時にシイラを食べると吐くかもしれないと老人が思っているのが不思議だったが、シイラは脂身が少ないので腐りやすいそうだ(なんで脂身が少ないと腐りやすいんだろう?)。だから吐き気を感じたのだろう。
モスキート海岸-ニカラグアにある海岸。老人はここで何年も海亀を取っていたらしい。ということは生粋のキューバ人ではないということだ。何か政変でもあったんだろうか。
棍棒-木でできた棒。魚を〆るために使う。人間や他の動物を〆る時にも使われる。
ポンド-約0.45kg。人間が一日に消費する大麦の重さらしい。老人の見立てではカジキは千五百ポンドなので、675kgのカジキということになる。ちなみに築地に持ち込まれた大マグロで史上最大の重さは2018年現在、1986年の496kgだからとんでもないことである(世界最大だと680kg)。マグロとカジキは違うけどね。
アトウェイビール-キューバで作られているビール。1959年には国内シェアが50%以上。小規模生産の高品質なビールを造っているそうだ。詳しくはここを。あとは君たちの目で確かめてくれ
大ディマジオ-アメリカの野球選手。1914年生まれ。マリリン・モンローと結婚していた時期がある。骨の蹴爪は英語版ではbone spurとなっている。それを検索すると骨棘という病気だと分かった。踵骨棘は40~60代と中年期に発症しやすいそうなので、物語の舞台は1946~51年だろう。
燐光を放つ藻-夜光虫のこと。明るい時は赤く見える。通称赤潮。これがあると魚は釣れないらしい。
あじさし-カモメに似ている鳥。頭が黒っぽい。空中からダイビングして魚を取るそうだ。アジを食べるからあじさしだとか。さしという鳥がいるのかと調べると、それはいない。たぶんアジを嘴にくわえているのが、アジを刺しているように見えたのだろう。こんな風に

尋-ひろ。大人が両手を伸ばした範囲を尋という。1.8mぐらいのことをいう。100尋なら180mということだ。
槍烏賊-やりいか。槍の穂先みたいな形をしているから槍烏賊。死ぬと茶色くなる。岸壁でも釣れるイカ。どうでもいいことだけど、イカの頭はお腹らしい。内臓があそこに詰まっている。もし人間がイカになったら、とっても不便だろう。こんな風に

きっと世界がさかさまに見えるだろう。肩こりには悩まされないだろうけど頭痛には悩まされそうだ。
飛魚-とびうお。胸びれが羽のように大きい魚。ひれが風を受けるので空中を滑空できる。こんな風に

腹びれも大きいので垂直翼の役割があるのだろう。このひれで直進したり、左右へ飛行進路を変えてそう。
老人は生で食べたが、刺身より調理した方が美味いらしい。でも本当に新鮮な物は美味いそうだ。シイラの胃の中から出でてきた二匹の飛魚は新鮮といえるだろうか?
海燕-うみつばめ。アシナガウミツバメという種はいるのだが、どうも作中のウミツバメとは違うような気がして、ウミツバメ科を探せる範囲で探してみたが、どうもアシナガツバメぐらいしかキューバには生息していないっぽい。それで英語版をあたってみるとウミツバメはsea swallowsとなっているので検索した。すると上に出てきた“あじさし”が出てきた。sea swallowの前に”dark terns”とも書かれているのでTernを調べるとやっぱりあじさしだった。海燕=あじさしで間違いない。
かつおのえぼし-透明のくらげ。刺されると電気が走ったような痛みがあり、最悪死ぬ。太平洋沿岸にも生息しているので台風の後に海岸へ行くと浜に打ち上げられたかつおのえぼしを見ることができる。
びんなが-びんながまぐろのこと。小型のマグロで胸びれがながい。
フィート-約0.3m。足の大きさが基準だとか。老人が釣ったカジキは鼻先から尻尾まで18フィートだったので6.3mあったということ。ちょっと大きめのダンプカーぐらいある。
へらつの鮫-へらつのざめ。英語版ではshovel-nosed sharkとあるので検索するとエイみたいな魚が出てきた。もちろんエイっぽい見た目なのでエイだった。一応肉食だが1mぐらいなので作中の描写と一致しない。それで、へらつの鮫が出てくる後に老人が言った「ガラノーだ」から、Galanosで検索するとヨゴレという鮫がヒットした。胸ひれの先に白い模様があるのも作中の描写と一致している。人を食いサメであり、こんな悪そうな外見をしている。

人間より大きくなるサメ。もし海中で出会ったら『アヴェ・マリア』を百回唱えてみよう。あきらめてはいけない。生還例もある。
ガラノー―ガラノーとはヨゴレのこと。上のへらつの鮫のこと。
リゲル星-オリオン座の右下にある星。オリオン座はこんな形をしている。

右下の一番大きいのがリゲル星だ。
小判鮫-こばんざめ。鮫という字がついているが鮫ではなくスズキの仲間。頭の上に小判模様の吸盤がある。草履で踏みつけられたようにも見える。へえ、旦那。とか言いそうな愛嬌のある顔をしている。食べると美味いらしい。

昔々、海遊館でジンベエザメにくっついて泳ぐコバンザメを見たことがあるが、最近はジンベエザメに嫌われて別の水槽に引っ越したそうだ。コバンザメで生きるのもラクじゃない。
輪索-わなわ。綱を輪っか状にした物。それはこんな形をしていただろう。

この輪っかに老人はカジキの尻尾を突っ込んだのだ。こういう風に

輪っかを閉めると尻尾の付け根で綱が締まって魚が動かなくなる。それで舟で運べるようになるというわけだ。
デンツーソ-たぶんホオジロザメのこと。Dentusoが何者なるか英語→日本語では出なかったので、英語→スペイン語で調べると大きな歯を持った者とかいう不思議な意味が表示された。でも鮫であることは間違いないので、大きな歯を持つサメを調べると、やっぱりホオジロザメしかありえない。超大穴でメガドロンもありえるけど。
ホオジロザメは大型のサメで1945年にはキューバで6.4mのホオジロザメが捕獲されている。もしヘミングウェイがこの鮫をモチーフにしたのなら、フィートのところで説明したようにカジキの大きさは6.3m。舟はそれより小さい。老人はカジキより自分の心配をした方が良さそうだ。ええい、デンツーソめ。

(2022年12月4日追記)
コメント欄でデンツーソはアオザメではないかとの指摘があり、読み直してみました。すると
”それはふつうの鮫のピラミッド型をした歯とは違う”
という記述がありホオジロザメとは違うことが判明しました。他にも
”歯が八列、内部に向かって並んでいる”
などの描写も合わせるとやはりアオザメだと考えるべきだと思いましたので訂正します。
ちなみにアオザメは日本でははんぺんの材料として利用されているようです。カジキと違って身近にある食べやすい食材なので今夜はおでんにして食べてみると面白いかもしれません。
名無しのおやすさん、ありがとうございました。
※余談:サメ映画の金字塔『ジョーズ』ではホオジロザメをモデルにしていますが『ディープブルー』というサメ映画ではアオザメがモデルになっています。
(以上をもちまして 老人と海を読んで調べたこと おわり)









調べていたら、たどりつきました。
ガラノーは、がらのわるいやつですね。
詳細な語句調査、
ありがとうございます。
最近、左右社から新訳が出たので、
新潮社文庫も、ひっぱり出して再読
しております。
で、デンツーソは、アオザメでは
ないでしょうか?新潮社版P114、124に
青鮫の記述あり、調べると、
ホオジロサメよりしゅっとした感じで
写真あり。
こんなんきたら、対応困難、
青覚めますよね。
まさやん
が
しました